今回の旅行は仕事でもあったのですが、それがこの録音。
わたくし、ブログプロフィールに「休業中の音楽家」と書いておりますが、
そもそも音楽家とは自由業ですから、言ったもん勝ちみたいなところがあります。
毎日のように音楽仕事をしてそれで確定申告をしていたころは、
パスポートにoccupation=Musicianともあり、
そう自称するのも何の抵抗もなかったのですが、
最近のように「頼まれた場合だけ仕事する」と言う状態で音楽家と称して良いものだろうか。
職業を書くような必要に迫られたとき、「主婦」に丸をつけるべきかどうか、
真剣に考えてしまう今日この頃です。
音楽の仕事というのは自由業の方ならお分かりでしょうが、「流れ」というものがあり、
現役でやっている間はそれなりに途切れることなくあるのですが、
一端やめてしまってその流れから遠のいてしまうと、安定した供給先はなくなります。
仕事を続けていると、同じ供給先から別の話が来たり、別の関係者から紹介があったり、
あるいは音楽事務所などから絶えずオファーがあるのですが。
というわけで定期的な仕事から遠ざかった後は、
たまに知り合いから依頼を受けたときに限り「音楽家」になっています。
今回はその「たまの機会」がやってきたというわけですが、
依頼された仕事そのものがその後の「営利目的」のためではありませんので、
ここで「エリス中尉の仕事現場」を公開することにしました。
とはいっても、録音の前に編曲し譜面を作成することで
わたしの仕事は九割終わっています。
その製作の様子を少しですが先日「海軍軍人の音楽鑑賞」でお伝えしました。
本日はその出来上がったものを音にする段階をご報告します。
録音は夜から。
そこでわたしたちはまず依頼主と一緒に腹ごしらえです。
ご飯を食べたのはここ。
アイビースクエアの中のホテル。
もっといろんなところを計画してくださっていたのですが、
残念ながらこの日はお休みが多く、最終的にここになりました。z
息子の頼んだチキンソテー。
ステーキシチューというか、シチューライスというか、
ドミグラスソースが非常にレトロな味わいでした。
というか習慣で食べたものをアップしましたが、
これはわりとどうでもいい話でしたね(*゜ー゜)>
食事の最中、ちょっと打ち合わせをしようとして、
プリントアウトした総譜と間違えて全く別の印刷物を持ってきたことに
気付き、あわててホテルまでパソコンを取りに帰りました。
パソコンで作業しているので、データは皆そこに入っているのです。
便利な時代になったものだ。
・・・というか、仕事の資料を忘れるんじゃねー、エリス中尉。
パソコンをゲットして録音場に駆けつけます。
スタジオでするのかと思いきや、オケの練習場に、テレビ局が
コンサート録音に使用する機材を持ち込んでセッティングしていました。
こんな感じ。
テレビカメラが来ていますが、これはかの有名なエリス中尉が編曲をしたので
それをニュースにするため、ではもちろんありません。
この仕事の依頼者は地元でも有名な企業だったので、つまり地元TV局には「お得意様」。
機材を貸し出してくれたのもこの企業の力ですが、さすがは地元局、
この「地元優良企業と地元オケのコラボレーション」ということで、
ちょっとしたドキュメンタリータッチのニュースにする予定なのだとか。
ちなみにわたしはオーケストレーションと編曲をしましたが、
「菊作り菊見るときはただの人」状態で、別にインタビューもされませんでした。
「ニュースになるかも」
という話を聞いてオケの人たちはちょっと喜んでいました。
まだ練習開始前なので人があまりいません。
このオケの練習日に、すべての練習が済んでから録音時間を取ることにしました。
練習が終わって音合わせが始まります。
実は編曲者にとって一番怖いのがこの時。
オーケストラの場合、全員にパート譜を配るのですが、
この譜面に間違いや少しおかしな部分があろうものなら、
メンバーはまるで鬼の首でも取ったような態度で指摘してくるからです。
ある意味、これが作曲、編曲家にとって一番の「勝負どころ」でもあります。
今回、最終的なスコアができてから依頼者の変更があり、
一週間前に初音合わせがあったのですが、それに間に合いませんでした。
それで、録音直前ではありますが壇上で口述による訂正を行いました。
すると、でた。
「ちょっと、アンタこっちきてこの部分歌ってみて」
楽器を持っていなければスーパーのタイムサービスで
むんずと人の横から手を伸ばしてお惣菜をつかみ取るタイプのおば、いや女性。
おとなしくその人の横に行って「ら~ら~らら~」と歌うエリス中尉。
それで納得したのかと思いきや、
「こんなこと直前に言われても困るわ~。
こんな変更あるなら先週来ればいいのに」
・・・・・はい?
いやまあ、ここに住んでいれば来ましたがね。
今回の来訪も、クライアントに交通費をいただいて来ているんですよ。
そんなに毎週来られるほど請求なんてできませんですよ。
こういうタイプに逆らってもまず勝ち目がないことを、
エリス中尉今までの人生経験から知り抜いております。
返事もせず反応もせず、能面のような顔でそれをやり過ごしました。
次に音合わせが進んで、「ここは少し音が薄いかな」という話になったとき、
早速こちらを見て
「ここ、もう少し音増やすわけにいかへんの」
と指揮者でもないのにこちらに横柄にご提案なさいます。
まあ、現実にはこういった現場での変更も決して珍しい話ではありません。
その個所に休んでいたトランペットを復活させることで話はまとまり、
さて演奏になったとき、この方再び
「この部分がねえ、静かすぎて云々」
どこのオケにもいる(たぶん)お局団員。
典型的な仕切りたがり屋さんです。
ちなみに、一流オケでも団員の「指揮者、作曲者いじめ」は当たり前で、
今はそこそこ中堅と言われるある指揮者が、新人の頃ゲネプロで苛められ、
控室で号泣したという話を聞いたことがあります。
ベテラン指揮者にとっても、怖いのは評論家でも聴衆でもなく、実はこの
一人一人が「ソリスト」でもある楽団員なのです。
たとえ団員が納得しても、一秒でも仕事時間が延びるととたんに「労組委員長」が
立ち上がって、延々と文句を言う様子も、わたしは目撃したことがありますし。
そのような壮絶な状況を考えれば、この程度の仕事で仕切りたがりのおばちゃんが
ちょっくら騒ぐなど酷いというレベルにも当たりません。
指揮者の方もいつものことなのか、
「ここは伴奏の部分じゃからええんよ」
それをきいておば、いやその女性、
「あんた、(あんたですよあんた)そうなん?」
「はい」
さらにダメ押しで
「ほんとにいいの?」
ここで『そうですねだめですね』といって編曲しなおせとでも?
「 い い ん で す 」
ここで引いてはこの勝負(何の勝負だ)こちらの負けです。
思い切りどすを聞かせて(当社比)一言。
果たして勝ったのかどうか。
彼女はこちらを睨みましたがそのまま黙りました。
その後、なんテイクか録音する間、わたしは指揮者の後ろに座っていたのですが、
皆が何ということもなく演奏する中、
そのおばちゃんだけが、一度間違えたらしく、
演奏をやめてがくっという感じで派手に体を動かしました。
そうか・・・・要するに直前に訂正されると譜面を読みそこなうのね。
だからあれだけ文句を言ったのね。
理解しました。
さて、この様子を部屋の隅からハラハラして見ていたのがクライアントでした。
「先生~、お気を悪くされませんでしたか?」
後で心配そうに尋ねてくださったのですが、わたしの返事は
「大丈夫です。わたしも負けてませんでしたから」
心配していただいたほどにはエリス中尉、こういったことには気を悪くしません。
まあ、こういうタイプも音楽家に限らず「どこにも一人はいる」と思うからです。
さてそんなこんなで録音終了。
全部で録音は6テイク取ったのですが、最後になって指揮者が
「この曲、覚えてしまって他の曲やってるときにも浮かんできそうだ」
すかさずクライアントが大声で
「ありがとうございます!!○○会社でございます!」
この編曲は、仕上げた段階でデジタル音源に仕上げ、
データとして先方に渡して、それで了解を取ってから進めていたので、
クライアントはだいたいどんな感じになるか納得していたのですが、
やっぱり生のオーケストラで聴くと全く印象が違ったようで、
「すごいです、やっぱりフルオーケストラはいいですね!」
などと感激してくださいました。
全くそういう分野をご存知でない方々だったので、オーケストラが練習するのも
おそらく生まれて初めて立ち会い、その意味でも喜んでいただいたようです。
次の日にはテレビ局から送られてきたデータを何度も聴いて、
できるだけ傷のないものを二つ選び、それを報告。
先方はそれをもう一度バランス調整などして、最終的に仕上げです。
こちらに帰ってきてから「お疲れ様でした」のやり取りがあったので、
「当方は納品後のメンテナンスも無料で行っておりますので、
もしもう少し違った編成でやってみたいということがあったらお申し付けください」
と知り合いのよしみでそのように提案しておきました。
先方には大変喜んでもらえたようだし、地方旅行もできたし、
なんといっても女性奏者のおかげでネタ貰えたし(←)
久しぶりの仕事、とっても楽しかったです。
帰りには、クライアントの社長が、自社製品とお菓子を出口において、
社員さんが皆に配っていました。
件の奏者は、それこそその瞬間ただのおばちゃんになって、
お土産とお菓子を受け取り
「ニコニコと機嫌よく帰って行きました」
ということです。
めでたしめでたし。