ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

さよなら、プリンス

2013-03-03 | つれづれなるままに

雨にも負けず、風にも負けず、
雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な体を持ち、
東に自衛隊のイベントあれば行って写真を撮りまくり、
西に旅行すれば美味しいものから名所旧跡までやっぱり写真撮りまくり、
北に売国政治家とマスゴミあればBKDと批判し、
南に護憲論者がいれば、行って白洲次郎も改憲論者だったといい、
その他書くのも面倒になるほど毎日の雑用をこなしつつ、
早朝は公園をウォーキングで歩き、講演あれば聞いてメモを取り、
チェロを弾き、ピアノを弾き、時々はパイプオルガンも弾いて絵を描き、
しかもブログを毎日アップする、そんな人間にわたしはなりたい

というより、エリス中尉、行き掛かり上そういう人間になってしまい、
結果としてこのような忙しい毎日を送っていました。

にもかかわらずはずみで去年の秋から乗馬を始めてしまうはめに。
乗馬クラブに入ってしまった、と言うことは、つまり入会金と、
毎月発生する月会費を払う義務が発生したということです。
そればかりが理由ではもちろんありませんが、これほど忙しくとも
かなりコンスタントに馬場に足を運ぶことができています。

月4回は行きたいのですが、今のところ三回が限界。
何しろ馬場まで車で一時間以上ありますし、息子の学校が終わるまでに
帰ってこなくてはいけないので、朝早くから行かないとゆっくり騎乗できません。

このクラブは個人経営なので、一日いれば何鞍でも変えて乗らせてもらえます。
勿論わたしはほかのクラブを知らないのですが、
大手のクラブではそれは「ありえないこと」なのだとか。

それなりに乗れるようになってわかってきたのですが、
乗馬とは全身運動で、久しぶりに行くと脚とか腕の付け根が痛くなります。
いかにも「コアが鍛えられる」と言う感じで、運動としては理想的ですし、
なんといっても富士山を見ながらという贅沢なシチュエーションで馬に乗れる。

さらに時折自衛隊の演習の轟音がずずーんと聞こえ、チヌークが空を飛びまわるのが
見えるのも(わたし的には)なかなかおつなものです。

一生できる手ごろなスポーツと巡り合えたと心から喜んでいるのですが、
さらにこのスポーツは乗るのが無機質な機械ではなく生き物の「馬」であることが、
より一層その楽しみを深めていると言っても過言ではありません。



犬や猫を飼っておられる方にはわかっていただけると思うのですが、
動物と触れ合うのは本当に心和み、さらに彼らは無条件でかわいいものです。
相手が賢くてこちらの言うことをよくわかる動物であれば、
意志が疎通することでより一層愛情も深まるのですが、馬と言うのは
本当に頭のいい動物だということを通うようになって実感しました。

先日youtubeで、自分で馬房のケージのラッチを開けて出ていく
賢すぎる馬の映像を観ましたが、馬の賢さと言うのは、人を乗せることを
「自分の仕事」だと認識し、「仕事モード」に入るすべを知っていることです。
仕事だと思っているからどんな初心者が乗ってもそれなりに走ってくれます。

しかし賢いので、こちらがへたくそだと、微妙にサボる馬もいるし、
じっと顔を見て「仕方ないね」みたいに、それでもちゃんと走ってくれる馬もいます。

総体的にこのクラブの馬はいい環境でかわいがられているせいか性格が良く、
中でも「100頭に一頭しかいないほど性格が穏やか」なスティーブン爺さん、
若いけど「よくできた馬」のベイリーなど、みなとてもいい子です。

そして冒頭画像の、文字通りクラブのプリンスであった馬「プリンス」は、
8歳の牝馬で、気立てもよく、少々要領のいいようなところはありますが、
何しろ美しいので雑誌の撮影にも使われ、大変皆から人気のある馬でした。


先々週のことです。
わたしが一週間ぶりにクラブに行こうとして電話をしたところ、コーチが

「実は、昨日お電話差し上げていたのですが・・・」

なんと、プリンスがその前の日に骨折してしまった、というのです。
なんでも、放牧していたときにほかの馬に蹴られた、とコーチは
沈痛な口調で語り、もし今日来られるのなら午後からなら乗れますが、
とおっしゃっていただいたのですが、

「昨日の事故ならそれどころではないでしょう」

とわたしの方で気を遣い、その週はクラブに行くのをやめました。

「プリンス、骨折したんだって」
「えー、可愛そうに」
「今度お見舞いの人参でも持って行ってやれば?」

などと家族で心配していましたが、実はそれどころではなかったのです。
その電話から五日後、レッスンの予約を取り、クラブに行きました。
着いてさっそく、プリンスは馬房にいるのだろうかと見に行くと姿がありません。
新しく来た馬子のフレイザーに「プリンスは?」と聞こうとしたら、ちょうどそのとき
下からコーチと生徒のジーンが上がってきました。

「プリンスは病院なの?」

そう聞くと、二人は顔を曇らせました。

「He died. He passed away.」



ジーンの言葉に私は息を飲みました。
コーチは電話で彼の死を伝えなかったのです。

プリンスはよく立ち上がってほかの馬にちょっかいをかける馬で、
そのときも放牧場で立ち上がったため、
「気立てのいい」スティーブンに蹴られて、最も重要な骨を折ってしまったのでした。
その場で座り込んでしまったままの彼を皆で囲んでコーチはあちこちに電話し、
アドバイスを仰ぎ、何とか手術して助けられないか検討したのですが、結論は
「予後不良」。

つまり安楽死させるしかなかったのでした。


馬が脚を骨折すると安楽死させるのははなぜかと言うと、
馬と言うのは三本の脚では生きていけない動物だからです。

馬は、細くて長い脚で400〜500kgの重い体重を支えています。
その1本でも重度の骨折をしてしまうと、他の3本の脚に非常な負担がかかります。

そうすると、骨折をしていない脚の蹄に蹄葉炎(ていようえん)などが発病します。
蹄葉炎とは蹄の内部が壊死してくる病気で、これは馬にとって死に至る病です。

もしこれにかかると馬は立てなくなります。
4本足で立っているのが基本姿勢の馬は、体重が重いので、
立てなくなると自分の体重の負荷がかかった部分から皮膚が壊死してきます。
そうなると衰弱死もしくは痛みによるショック死しかありません。

プリンスを助けるには手術をした後も蹄葉炎を起こさないように、
胴体を吊るすしか方法は無かったのですが、そもそも馬にとっては
そんな姿勢でじっとしていることもストレスになり、
暴れてせっかく手術した部分を脚を痛めてしまうので、
どちらにしても死は避けられなかったというのです。



安楽死させることが決まり、死に至らしめる劇薬を注射する前に、
彼には麻酔が与えられました。
おそらく骨折の激痛から解放され、眠ったままプリンスは逝ったのです。

その話をするコーチの眼はすでに涙で潤んでいました。

「私は40年近く馬と付き合ってきましたが、こんなことは初めてです」
「誰にとっても初めてだわ」

この馬はもともとジーンの14歳の娘であるハナの持ち馬です。
彼女はプリンスとともに試合に出るために毎週練習していました。
すらりとした金髪の美少女であるハナが白馬のプリンスに乗った様子は
あたかも一幅の絵のようで、見るものを幸福にすらしたものでした。

「ハナは大丈夫なの?」
「ショックを受けて泣いていたわ」
「かわいそうに・・・・」

するとジーンは突然、

「He'was beatiful. Beautiful horse」

わたしたちは思わず抱き合って泣きました。


瞳を涙で満たしたコーチを見て、わたしはその前日、
知り合いの女性が母親を亡くした話をしているうちに
見る見るその目のふちに涙がたまっていたのを思い出しました。

最後の晩、彼女に母親から「会いたい」と電話があったので訪ね、
ベッドの枕もとでしばし語らって別れたほんの数時間後、
母親は眠りながら安らかに息を引き取っていたのだそうです。

ごくごく近い時間の間に「愛しい者」を失った人の涙を立て続けに見、
忘れていた単純な、しかし絶対の真理を思い出しました。
全ての生きとし生けるものには死が訪れる。

何人たりとも死を避けることはできませんが普段は皆それを忘れています。
そして、死ぬのはいつも、他人。
身近な者の死に出会って初めて人は本当に「死」を感じるのかもしれません。

そして人生の過程において親しい者の死を何度となく嘆くうち、
ある日突然自分にもそれはやってくるのだ、とわたしは思いました。



今にして思えば、プリンスはわたしが生まれて初めて乗馬した馬でした。

今でも彼が白い鬣と尻尾をなびかせて馬場を走る姿がはっきりと目に浮かび、
彼の背中に最初に乗ったときに感じたぬくもりも容易に思い出すことができるというのに。


さようなら、プリンス。