ゆずりは ~子想~

幼い葉が成長するのを待って、古い葉が譲って落ちることから名付けられた「ゆずり葉の樹」。語りつがれる想いとは・・・

毒 毒 毒

2010年03月22日 | これも自分あれも自分
八戸に越してきて4年が経ち、ようやく自分の中の毒を出せるようになってきています。

毒舌なのは、ずーっと遥か昔からですが、これでもかなりセーブしています。

毒だらけの私って、きっと誰も寄り付かないと思います。


「最近、そういう話するよね。」とか

「近頃、なんか違うよね。」と言われることが多くなったのは、今年に入ってからです。

今年は、「言いたいことは、言う!」「断れることは、断る!」「嫌なことは嫌と言う!」ことを目標にしようと、年頭にふとよぎったのです。


それは、自分の中の「いい人をやめたい」という思いでした。

昨年は、すっかり自分を理想の人間像にしようと、努力しようと頑張っていました。でも、頑張れませんでした。

理想には程遠く、単なる自分の意見のない、ニコニコしている人、なんでもOKな人、やわらかい人、やさしい人・・・?

慈愛の人になりたいと、思い続けていますが、

慈愛には、時には厳しさも毒も必要なのだと、感じたのです。この数年間で。

それは、八戸の風土と乳化してきているような気もします。


とにかく、最近毒が出てきている自分を、とても面白いと感じています。







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2 コメント

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Unknown (ペケ)
2010-03-23 11:17:12
清濁併せ飲む
したたかさ。

ある人は、それを「ずるさ」といい、
ある人は、それを「賢さ」という。

味方としては、どちらも正しいんだべな。

ただ、面白がるか、嫌いになるかで、
生きにくくなるか、らく~になるか
分かれるんだべな。

これだけはいえる。
打たれたら、また別なところから杭を出せ。
出すぎるよりは、いい。
もし、転んでしまったら、
立ち上がる時、
「はい、ごめんなさいよ。私には、今、あんたの助けが必要なんだ。」と言って、誰かの着物の裾をとっつかんでも起きよう。
間違っても、自分ひとりで起きようなんて考えないこと。

10人に1人は、怪力の持ち主にめぐり合う。

そして、毒は、薬にもなる。
痛みをやわらげることもできる。
モルヒネが、緩和治療に欠かせないように。
薬だと思っていたものに、
毒を見出すこともある。
逆もまた真なり。

大いに楽しもう。




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ペケさん (あゆみ)
2010-03-23 22:51:07
ありがとう・・・

ほんと、毒は薬でもあるのですよね

毒づいて、みんなを麻痺させる!?

あ、それは違うか。
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