KOFUKUの家から

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南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

祐木鎧くんのメモリアルディ~言葉の花束~

2008-03-02 | ソウルメイト祐木鎧ちゃん
私には5年前に天に帰った大切なソウルメイトがいます。
かれの名前はGUYくん
3月7日は彼の5回目のメモリアルディになります。
3月7日、彼のもとにお花と一緒に言葉の花束も届けたいと思っています。
彼のことをご存知の皆様で、私たちと一緒に連名でお花を差し上げたい方、そして言葉の花束の一輪をささげてくださる方がいらっしゃいましたら、どうぞコメント欄、もしくはオフィス夢の街のメールボックスよりよりご連絡ください。
6日まで受け付けております。

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2 コメント

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Unknown (kenshin)
2008-03-04 09:20:10
GUYさんは、あなたをずっと見守って支えてくれているみたいですね。
そして、はるさんも。
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はい(^^) (あんじゅ)
2008-03-04 09:53:31
けんしんさん、お久しぶりです。
きっとこの時期、声をかけてくれると思っていました(^^)
偶然、家に帰ってこれた時に、このコメントがいただけてとても嬉しいです。
がいちゃんは、一織さんのようにいつも傍に居てくれます。
彼が亡くなる前、この一週間は特にいろんな事がありました。
あの年の3月3日、その頃は彼とママ(彼のお母さん)とマスター(今も家族のような音響さん)と私、そしてたましいの家族である仲間達でお店をやっていましたが、本当に不思議なことにその年の3月3日はオープンしてから初めて私とママ、そして彼と3人だけで店を開けた日でした。
ママはおひな祭りにちなんだ先付けをつくり、彼がバーテンをして、私が接待をしたんです。
毎年3日にはお人形が大好きな私に、必ずお人形を買ってくれました。「うちの娘に」といって買うんだよ、と言ってはプレゼントしてくれました。
ちょうどママと養子縁組をして本当の家族になる直前の(結局それは彼の死で叶いませんでしたが)あとにも先にもそのひな祭りは最初で最後の一番近しい家族の最後の日になりました。
次の日、彼は生まれて初めてママと一緒にお店の営業に自分の通った幼稚園に行き(彼の話だとお芝居をするようになった原点の劇をしたところで、一番家族が仲がよくて幸せだったのだそうです)、次の日の夜はどういうわけか私と一年半ぶりくらいに二人っきりで食事に出かけ、いつもの倍も彼は食べましたっけ。
そして次の日、彼は当時の彼女さんとデートをして、その日の夜、一番最後に私とぴーちゃんにお店で会って一緒に彼のおばあちゃんが買ってくれたお弁当を食べて、3日ほど徹夜で作業をしていた私と仕事を変わってくれて、「寝なさい」と私をうちに帰してくれたのでした。
次の日の朝、彼は天国に帰ったのです。
思えばとても不思議な一週間でした。
この時期になると、その日々を思い出します。
切なく苦しくなります。昨日も何となくそういう感じでおりましたら、はるおばあちゃんに会いました。
ちょうど母と同じくらいの年齢の方です。
秋に突然母が倒れてほぼ意識が朦朧として痴呆に近い状態になり、今も明日はどうなるか、、と言う状態です。
母とがいちゃんだけは私にとってものすごく特別な存在であったので心から離れることがありません。
そのせいでしょうかね、きっと昨日はグッタリしていたんです。
ガイちゃんと母が重ねてはるさんに乗っかって、なでてくれたのかなあ、と思っています。
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