木下古栗『サピエンス前戯』
タイトルの「前戯」に注意がいってしまい、またエロい小説かと思っただけで、『サピエンス前戯』の意味を深く考えなかった。
冒頭数ページを読み、本に挟んである広告「出版のご案内」を手にして、やっと気づいた。そこにはユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』が掲載されている。『サピエンス前戯』は『サピエンス全史』をもじったものなのだ。
この広告は偶然なのか、それとも編集者が仕組んだ遊びなのか。
実在する名著のタイトルを、エロく変換するのはこれだけではない。小説の中でなんと130もの名作をポルノ風に言い換えている。
しかもその作業は、2人の編集者が仕事として真剣に取り組むいう設定で書かれている。寝ても覚めても、四六時中考え続けて捻り出す。
出来上がったリストを読んでいくと、その変換ぶりに圧倒される。卑猥な言葉をこれほどしっかり味わったことはない。
この本には3編の長編小説が入っている。
どれも基底にはエロが流れている。
真面目に進行しているのに、そのうちエロが出てくるはずだという緊張を感じてしまう。笑ってはいけない場面で可笑しくなってしまうようなものだ。
なぜ、これほどまでにくだらなく、ためにならなず、感涙にむせぶわけでもない小説を、ぼくは好んで読んでいるのか。
たぶん、言葉の持つ面白さを示し楽しませてくれるからだろう。
表紙は、巨大隕石が衝突する直前の地球。
恐竜の絶滅、人類の誕生を連想させるが、何かエロいことにこじつけてみたくなるのは仕方がない。
装丁は川名潤氏。(2020)