ローレン・オイラー『偽者』
スマートフォンを思わせる縦長の黒い四角形が、カバーの真ん中に印刷されていて、角度を変えて覗き込むと、何か見てはいけないものが現れる気がした。
「覗いたら、もう戻れない」
帯のキャッチコピーに煽られ、取るものもとりあえずといった気分でページをめくった。
ミステリーなのだろう、ちょっと怖いかもしれない。
そんな思い込みが生まれたのは、カバーデザインのせいだ。
単純な黒だと思って見た四角形は、実はほかの色が加わった深みのある漆黒。
「黒は300種類ある」とアンミカさんは言うが、そんな多種類のひとつは、見るたびに表情が違う不思議な色で、秘密が隠されていそうだ。
カバーの上側50ミリには文字も何もなく、タイトルや著者名などの情報がスマホの脇に集約されている。
上側が使えなくなった分、帯は天地が45ミリと極端に細い。
書体は帯の一番下以外はすべて明朝体で、下地の白が活かされ、四角形の黒がより際立って見える。
一番大きな文字「偽者」は、その存在感をさらに薄くするためか、文字の斜めの線をかすれるような罫線に置き換えている。
この描かれた線が、逆に印象を深くしていて、一度目にしたら忘れられない。
帯を外すと、それまでのアンバランスな様子が一変、すべてが中央にあると知る。
アメリカ人女性の語りが永遠と続く物語。
「世界は終わろうとしている」と大上段に構えた始まり方をしながら、恋人のスマホを覗き見るという通俗的な女性。
彼女が見つけたのは、SNSに陰謀論を投稿しまくっている恋人だったのだが。
だらだらとまとまらないブログを読んでいるような感覚になっていく。
ブログは、些細な日常が綴られていても、書いている人に好感が持てれば楽しみになるもの。
ぼくには、この女性の言動も考え方にも共感できず、プライベートな事柄を覗き見しているようなばつの悪い思いをさせられてしまった。
装丁は北岡誠吾氏。(2023)