ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

雌犬

2022-07-27 14:33:43 | 読書
 ヒラール・キンタナ『雌犬』



 表紙には、ジャングルの中じっと座る白い犬の姿。

 警戒しているように見える。

 本を裏にすると、表4には両腕を前に差し出す女性がいる。

 それぞれを別々に見ると、犬と女性が向き合っているように思えるが、実はひと続きのイラストで、女性と犬は同じ場所にいるのに、お互いを見ていない。


 生まれて間もない雌犬を、ダマリスがもらうシーンから物語は始まる。

 母犬は毒物を食べて死んだばかり。

 ミルクの匂いのする子犬を、胸に押しつけて彼女は家へと向かう。

 長い砂の道の両脇に建つ家々は、壁や屋根に黒カビが生えていて、村の貧しさが窺われる。

 断崖の上、急な階段を登った先にある別荘地の小屋に、彼女は夫と住んでいる。

 別荘の管理をしているのだが、オーナーは忘れたかのように長年管理費を払ってくれない。


 ダマリスは子どもができず、それがもとで夫との仲がぎくしゃくしている。

 彼女にとって雌犬は、生まれてこなかった娘のような存在になる。

 あるとき、犬はジャングルに逃げ、何日も戻らなかった。

 痩せこけ帰ってきた犬を躾けようとするが、その後も何度も逃げ出してしまう。

 そしてダマリスは犬が妊娠していることに気づく。


 犬への愛情が落胆とともに憎しみに変わる。

 それは人間に対するもののようで常軌を逸しているが、ダマリスの人生を覆う閉塞感が、彼女への同情を生む。


 装画はPOOL氏、装丁はアルビレオ。(2022)








男たちを知らない女

2022-07-18 10:28:54 | 読書
 クリスティーナ・スウィーニー=ビアード『男たちを知らない女』



 帯の文言を見て、パンデミックの話はもう読まなくてもいいかと思ったのは、あまりに長いコロナ禍に飽きたためだろう。

 いま第7波が始まっている。

 6つの波を乗り切った体験は、感染症の恐さを薄めてしまった。

 
 この小説の伝染病は、男性の9割を死なせてしまうのに、女性は罹患しない。

 カバーイラストの柔らかさと、タイトル文字の繊細な作りは、女性ばかりになった世界を彷彿とさせる。


 複数の女性の視点から語られるのは、夫、息子があっけなく亡くなっていく異常な状況。

 心の均衡が保てず、深い悲しみから抜け出すことができない人、必死にワクチンの開発をする人、病気に免疫のあるDV夫に死んでほしいと願う人、病気の発生源を調べる人。

 ひとつの世界が終わり、少しずつ新しい形へと変わっていく姿を、細かく丁寧に描いていく。


 『男たちを知らない女』というタイトルは、新しいタイプの女性を示している。
 
 本当の物語はこれから始まるのだと思いながら読んでいたら、500ページを超えて終わってしまった。

 続きがあるのだろうか。

 でも原題は『THE END OF MEN』。男がいなくなって終わりなのだ。

 男の存在感が薄く、ちょっと寂しい。


 装画はmieze、装丁は早川書房デザイン室。(2022)



マレー素描集

2022-07-10 22:10:40 | 読書
 アルフィアン・サアット『マレー素描集』



 カラフルな魚が、赤い風船で吊り上げられている。

 海面の少し上を、魚は自らの意思で進んでいるようにも見える。

 背景の薄い青、水の白、すべてのバランスが美しいカバーのイラスト。

 
 シンガポールに暮らす人びとの姿を描写した48の物語は、ときにたった1ページの長さしかないのだが、読んでいるうちに想像が膨らんでいくものがある。

 反対に状況がよくわからないものもあって、想像力を試されているようだ。


 シンガポールの民族構成は、外務省のデータによると中華系が76%、マレー系15%、インド系7.5%。

 小説の中では、英語を話す中華系と英語が不得手のマレー系との間に格差があって、関係に微妙な温度差を生んでいる。

 さらに宗教の違いもあるためか、お互いに本当には理解をしていない感じを受ける。

 近くにいながら遠い隣人なのだ。


 シンガポールはかつてマレーシアの一部だった。

 しかし民族構成は大きく異なり、マレーシアではマレー系がおよそ7割を占めている。

 学生の女子2人が、クアラルンプールへ遊びに行く短編がある。

 シンガポール人だという優越感を持ちながらも、誰もがマレー語を話す居心地の良さを感じている。それと出会いの可能性の高さも。

 運よく2人は、裕福で洗練された若者と知り合う。

 翌日、彼からの電話を待ちながら彼女たちは思う。

 何度もクアラルンプールへ来てしまうのは、自分たちが誰じゃないのかを知るためと。

 彼女たちのシンガポールでの生きづらさを感じてしまう。


 本の大きさは四六判より天地が18ミリ短い。

 とても短い物語ばかりなので、1行あたりの文字数を少なくするためかもしれないが、コンパクトで可愛らしい造本になっている。

 本文の紙がグレーなのも、落ち着きがあっていい。


 装丁・組版は佐々木暁氏。(2022)