ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ヴィネガー・ガール

2021-11-24 18:34:43 | 読書
 アン・タイラー『ヴィネガー・ガール』



 10年ぶりアン・タイラーの日本語訳は、「語りなおしシェイクスピア」シリーズの一冊。

 『じゃじゃ馬ならし』をもとに書かれたものなので、先にシェイクスピアを読んでみた。


 なんと混みいった設定なのだろう。

 登場人物が多く、何度も人物説明を見てしまった。

 さらに「じゃじゃ馬」を「馴らす」方法に疑問を感じる。

 女性蔑視と言われても仕方がない。

 アン・タイラーはこれをどう書きなおすのか。


 『ヴィネガー・ガール』の主人公ケイトを「じゃじゃ馬」と呼ぶことには違和感がある。

 ケイトは、教授と対立して大学を退学させられ、プリスクールで働いているが、「小さい子どもは賢くないから嫌い」と言う。

 思ったことを真っ直ぐ言葉にする、行き当たりばったりの29歳。

 変わり者の科学者の父と、愛嬌だけはある妹の面倒をみている。

 物語は、父が画策する偽装結婚が軸になる。

 優秀な研究助手ピョートルの就労ビザがやがて切れるため、娘と結婚させて永住権を取得しようとするのだ。

 ケイトは、父が自分を研究に必要な駒くらいにしか考えていないと傷つくのだが、父の本心を知るにつれ心が揺れる。

 ピョートルは英語をまだ使いこなせないためか、それとも外国人だからか、本心が見えにくい。

 グリーンカード取得の物語は珍しくないが、アン・タイラーらしい温かい気持ちになる作品だ。


 『じゃじゃ馬ならし』とは別物。

 巻末にあらすじが入っているので、それを読むだけで十分かもしれない。


 装画は石田加奈子氏、装丁は細野綾子氏。(2021)



甘い道草

2021-11-17 17:09:09 | 読書
 梶山季之『甘い道草』




 裸の女性が、裸の男性の上に堂々と腰掛けている絵に注意がいく。

 古書店で手に取ったとき、表紙の絵から、ポルノっぽい小説なのかと想像した。

 昭和47年発行の本。


 毛皮宝飾店で働く京子は、客を観察し、確実に売る技術を身につけている。

 彼女が店にいるとき、5万ドルのエメラルドが紛失した。

 同僚の鞄から、エメラルドが入っていた函だけが見つかるのだが、京子は女社長の道楽息子である常務が怪しいと感じている。

 京子は、弟を大学に進学させ、職場の寮を出て二人で住みたいと思っているが、先立つものがない。

 クラブでアルバイトをし、店の客に毛皮宝飾店の社販で買った毛皮を売ろうとして騙されてしまう。

 窮地に陥った彼女に手を差し伸べてくれたのは、ホテルの経営者でもある、親友の父親だった。

 彼には風変わりな性癖があって、援助する代わりに京子にある要求をする。

 
 紛失したエメラルドを探す、ちょっとエッチなミステリー。

 読後感が爽やかだ。


 のちに『蜜の味の復讐』と改題、電子版で読めるようだ。


 挿画と装丁は宇野亜喜良氏。(2021)

アフター・クロード

2021-11-10 19:23:44 | 読書
 アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』



 表紙いっぱいに、女性の顔写真が入っている。

 気怠そうな表情で、瞳をじっと見ているうちに囚われてしまいそうになる。

 目の下にあるタイトル『After Claude』のAが涙のように見え、女性が泣いているような錯覚をする。


 どうしようもない奴だな、しっかりしろよ。

 読み進め、彼女の人となりがわかってくると、そう声をかけたくなる。

 もしも彼女が友人なら。

 でも友人にはなれそうもない。

 下品な言葉を振り回し、他人を攻撃する女性。


 幼馴染のアパートへ突然転がりこみ、歓迎されていないと感じるや「あたしの受難は始まった」と被害者づらをする。

 当然の権利のように、快適に眠れ、ひとりになれる静かな場所を要求する。

 幼馴染の作った料理を勝手に食べておきながら謝らない。

 感謝しない、手助けしない、でも中傷する。

 幼馴染に対する悪意に満ちた描写は、読んでいてうんざりするが、よくまあ次から次へとと感心もする。
 

 上製本なので、本を広げていると、両脇に3ミリ程度カバーの折り返し部分が見える。自然と目に入ってくるその強烈なピンク色が、彼女が見ている独特の世界へ引っ張りこむ。

 おそらく事実を歪ませた、偏見に満ちた世界へ。


 カバーの女性は泣いていない。泣いているように一瞬見えたが、きっと嘘泣きだ。

 彼女の言葉を信じてはいけない。


 カバーの写真は1950年代の著者。装丁は山田英春氏。(2021)



縄文人は太平洋を渡ったか

2021-11-03 14:49:45 | 読書
 ジョン・ターク『縄文人は太平洋を渡ったか』



 日本の縄文人と思われる人骨が、アメリカのワシントン州で見つかった。

 サイエンス・ライターで冒険家の著者は、彼らが丸木舟に乗って北太平洋を横断して来たのだと考える。

 なぜ寒さの厳しい北極地方へ、故郷を捨てて旅立ったのか。

 そこに戦争や飢饉など実用主義ではない理由があったのだと著者は感じる。

 そして彼らに近づこうと、実際にカヤックで航行を試みる。根室からアラスカを目指して。

 1999年の旅だ。

 GPSを持ち、最新の道具を揃えている。

 海岸に沿って進み、夜は岸に戻ってキャンプをする。

 海を知らない人間には、さほど危険はなさそうに思えたのだが、とんでもなかった。

 潮の流れに翻弄され、深い霧で何も見えず、断崖が続いて接岸できない。

 冒険家とはいえ著者は50代半ば。

 体のあちこちが炎症を起こしている。

   
 旅の間、著者は縄文人の移住を何度も夢想する。

 旅に駆り立てられた彼らは、自分と同じ変わり者だったのだろうと考える。


 上陸した先で出会う貧しいロシア人たちは、海から突然現れたアメリカ人を気持ちよく迎え入れる。

 あなたたちは吟遊詩人(プティシェストヴィニク)だと言って、なけなしの食材を振舞ってくれる。

 カムチャッカ紀行としても、とても面白い本だ。


 装丁は高麗隆彦氏。(2021)