ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

星のせいにして

2022-01-27 17:12:42 | 読書
 エマ・ドナヒュー『星のせいにして』




 ぼくは困惑した。

 この場にいていいのだろうか。

 医師でもない男が、出産の様子を間近に見ていていいのかと。


 そこはインフルエンザに罹患した妊婦専用の病室。

 1918年、スペイン風邪が蔓延するダブリン。

 ワクチンも有効な治療方法もなく、場合によっては数時間で死に至ることもある病。

 ただ、一度感染すると抗体が作られ感染しにくくなる。
 

 看護婦のジュリアが出勤してくると、明け方患者の1人が亡くなったこと、そして今日1日この病室を1人で仕切らなくてはならないと夜勤看護婦から知らされる。

 インフルエンザにかかってしまい、看護婦も医師も足りないのだ。

 高熱が下がらずせん妄状態の患者は尿でシーツがびしょびしょ。

 漏れそうと訴える患者をトイレに連れて行くと廊下で吐いてしまう。

 てんてこまいのジュリアは、見習いでもいいので誰かをよこしてと担当の修道女に掛け合うのだが、「真の強さは熱々のお湯に入れられた時に発揮される」とおかしなことを言われ頷くしかない。でないと不服従とみなされてしまうのだ。

 そんな混乱の現場に、無資格で医療のことを何も知らない若い女性ブライディが派遣されてくる。

 彼女は飲み込みが早く、ジュリアは少しずつ信頼を寄せる。ただ、あまりに無垢なブライディに、ジュリアはかすかな疑念を持つ。


 臨場感ある描写に、ときに息苦しくなる。

 早くシフトが明け、この病室から出て家に帰りたい。そんな気分になる。

 でも2人は逃げない。

 どれほど困難な状況でも立ち向かう姿に畏敬の念を覚える。


 装画は荻原美里氏、装丁は名久井直子氏。(2022)



赤い魚の夫婦

2022-01-05 18:29:58 | 読書
 グアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』



 2つめの短編を読みながら、この人の小説をもっと読みたいと思った。

 5つ全部を読み終え、さらに思った。もっと読みたい。

 メキシコ生まれの作家が書く物語だが、舞台はフランス、アメリカ、デンマーク、カナダと広い。登場する人もさまざま。


 表題作「赤い魚の夫婦」は、パリに暮らす若い夫婦の話。

 妊娠中の妻がオレンジを欲っすると、これからお金がかかるのに贅沢だと夫は非難する。

 たかがオレンジくらいで、なんでそんなきつい言い方をするのかと、妻は傷つく。

 小さな齟齬が重なり、妻は不満を募らせていく。

 子どもが生まれたあとも、二人の距離は広がるばかり。

 妻は、飼っている金魚に、自分を重ね合わせる。

 闘魚と呼ばれるその魚は、メスに求愛が受け入れられないとオスは攻撃的になるという。

 妻はメスの恐怖、オスの傲慢さを感じる。

 どこか病的にも思える妻の感覚は、ストレスが限界に達しているからだろうが、おそらく夫は気づいていない。

 同じものでも見る部分が違うと夫婦はすれ違う。

 きっとこの夫の視点で語られたら、何事もない平穏な日常なのかもしれない。


 装画は澤井昌平氏、装丁は桜井雄一郎氏。(2021)