エマ・ドナヒュー『星のせいにして』
ぼくは困惑した。
この場にいていいのだろうか。
医師でもない男が、出産の様子を間近に見ていていいのかと。
そこはインフルエンザに罹患した妊婦専用の病室。
1918年、スペイン風邪が蔓延するダブリン。
ワクチンも有効な治療方法もなく、場合によっては数時間で死に至ることもある病。
ただ、一度感染すると抗体が作られ感染しにくくなる。
看護婦のジュリアが出勤してくると、明け方患者の1人が亡くなったこと、そして今日1日この病室を1人で仕切らなくてはならないと夜勤看護婦から知らされる。
インフルエンザにかかってしまい、看護婦も医師も足りないのだ。
高熱が下がらずせん妄状態の患者は尿でシーツがびしょびしょ。
漏れそうと訴える患者をトイレに連れて行くと廊下で吐いてしまう。
てんてこまいのジュリアは、見習いでもいいので誰かをよこしてと担当の修道女に掛け合うのだが、「真の強さは熱々のお湯に入れられた時に発揮される」とおかしなことを言われ頷くしかない。でないと不服従とみなされてしまうのだ。
そんな混乱の現場に、無資格で医療のことを何も知らない若い女性ブライディが派遣されてくる。
彼女は飲み込みが早く、ジュリアは少しずつ信頼を寄せる。ただ、あまりに無垢なブライディに、ジュリアはかすかな疑念を持つ。
臨場感ある描写に、ときに息苦しくなる。
早くシフトが明け、この病室から出て家に帰りたい。そんな気分になる。
でも2人は逃げない。
どれほど困難な状況でも立ち向かう姿に畏敬の念を覚える。
装画は荻原美里氏、装丁は名久井直子氏。(2022)