ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

地中のディナー

2021-07-25 16:50:27 | 読書
 ネイサン・イングランダー『地中のディナー』




 カバーのイラストと帯の文言が、ミステリアスなスパイものを想像させた。

 確かにスパイが登場し、周りの人間がみな怪しく見えるミステリアスな雰囲気で始まる。


 物語は、異なる時代、場所、人物を、相互の繋がりがわかりにくい形で描いていて、なかなか全体像がつかめない。

 主軸となるのはイスラエルとパレスチナ。どちらが悪という書き方ではなく、読んでいてどちら側にも肩入れができない。

 パレスチナ問題に関するぼくの大雑把な知識と、断片的に触れるニュースだけでは、この物語を十分に理解し、「楽しむ」ことができるのか不安だ。

 酷い爆撃の映像だけが記憶に残っているためか、和平なんて望めるものなのか、ましてや敵国の人間を愛せるものなのか疑問に思う。

 徐々に収束していく物語は、小説としての面白さを感じるものの、どうしても現実から遠く離れているように思えてしまう。


 装画はササキエイコ氏、装丁は中村聡氏。(2021)


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ワシントン・ブラック

2021-07-18 17:37:02 | 読書
 エシ・エデュジアン『ワシントン・ブラック』




 情報量の多い帯を外すと、突然静謐な空間が現れる。

 漂う煙の奥に広がるのは、スタイリッシュなSFなのか?


 「ワシントン・ブラック」とは、残忍な農園主の下で働く奴隷少年の名前。

 この生活を抜け出すには死ぬしかなく、生まれ変わって解放されると信じている。

 そこへ農園主の弟ティッチが現れ、少年を手元に置く。

 兄のような残酷さはないようで、風変わりな作業の手伝いを少年にさせる。

 1830年代にはまだ珍しい気球の製作。

 ティッチは少年をバラスト代りに考えているが、奴隷ではない1人の人間として接しているようにも見える。


 物語は、突然先の見えない世界に突入する。

 そして最後のページまで、目の前に何が出てくるのか見当もつかない。

 結果として、なんとか生き延びた少年だが、常に心に引っ掛かりがあって、生きていることに満足できない。

 命があるだけいいじゃないかと思ってしまうのは、少年の負った心の傷、黒人が生きる辛い社会を、ぼくが理解できていないからだろうか。


 カバーを覆うスマートなSF感からは想像できないほど、無骨な冒険と生きる力に満ちた物語だ。


 装丁は水戸部功氏。(2021)


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ミシンの見る夢

2021-07-11 18:24:44 | 読書
 ビアンカ・ピッツォルノ『ミシンの見る夢』




 丁寧で品が良く、センスも抜群で美しく、また可愛らしい。

 イラストが素敵なだけでなく、文字の選び、配置も素晴らしいカバーだ。

 カバーを外して現れる表紙は、まるで少し古いイタリア語の本のよう。

 
 疫病で両親を亡くした少女は祖母に育てられ、針仕事を教わる。やがてそれは彼女の生計を立てる手段となる。

 祖母がいなくなった後も、祖母の教え、言葉は、少女が生きていく中での指針を示してくれる。

 彼女は責任感が強く、丁寧な仕事で周りの信頼を得ていく。

 舞台は19世紀末のイタリア。

 厳しい階級があり、底辺にいる少女は日々を生き抜くだけで精一杯だ。

 お針子の仕事だけでは、一人で家賃を払い食事をしていくことが無理だと見られている社会。理不尽な理由で巻き込まれるトラブル。

 彼女の一挙一動が見逃せない。

 ところどころに挟み込まれる裁縫の描写は、針仕事を知らないぼくでさえ魅了する。


 装画はNaffy、装丁は名久井直子氏。(2021)


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囁き男

2021-07-04 19:40:45 | 読書
 アレックス・ノース『囁き男』




 密生した葉の間に見える2つの目が、恐ろしげでもあり、ややコミカルにも見える。

 カバーのイラストからは、この本が純粋なホラーのようにも思えるし、「囁き男」という都市伝説を題材にしたミステリーとも受け取れる。

 日本語タイトルの下に入っている「Whisper man」も楽しげな様子を醸し出していて、本当はとても怖いことを隠しているかのようだ。


 子どもが行方不明になった。

 母親は、その子がいなくなる前、窓際で怪物に囁かれたと言っていたことを思い出す。

 その街では、似たような事件が20年前にも起こっていた。しかし、その時の犯人「囁き男」は捕まり、今は刑務所にいる。


 物語は、その街に引っ越してきたシングルファーザーと7歳の息子を中心に語られる。

 愛情はあるのに、亡くなった妻のように息子と上手に接することができずに悩む父。

 息子は、孤独から心を病んでいるようにも、どことなく不思議な力を持っているかのようにも描かれる。


 驚かされる展開が続く中で、父と息子の確かなつながりが、物語をより堅牢なものにしていく。


 装画は阿部結氏、装丁は須田杏菜氏。(2021)


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