ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

クララとお日さま

2021-03-28 16:40:16 | 読書
 ガズオ・イシグロ『クララとお日さま』





 小説の舞台となる世界は、ぼくが住んでいるこの世界とは少しだけ違うところだ。

 少し未来で外国で、その場所での共通の知識、常識が、ぼくにはわからない。

 この小説は、その違いを説明しない。

 ルールを知らない異空間で、不安な思いを抱き、それは何だろうと考えながら歩き続けるような読書。

 そのことが、物語の細部を深く心に印象づける。道に迷ったとしたら、電柱の表示さえも見逃さないように注意するだろう。


 読後、誰かと話し合いたい気分になる。一方で、自分一人の心に留めておきたいとも思わせる不思議な本。


 カバーのイラストが持つ優しい雰囲気は、物語の本質を見失わせないためかもしれない。

 悪意を含んだ物語ではなく、愛に満ちているのだと、ぼくは信じたい。


 装画は福田利之氏、装丁は坂川朱音氏+鳴田小夜子氏。(2021)


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時代をひらく書体をつくる。

2021-03-21 15:50:59 | 読書
 雪 朱理『時代をひらく書体をつくる。』





 マニアックな本だ。

 活版、写植、デジタルと、日本語書体を作り続けている橋本和夫氏へのインタビューを通し、書体の変遷をたどるもの。

 
 書体のデザインは、文字を一つ一つ作るだけではなく、それらが文字列として繋がったときのばらつきがないようにしないといけない。それは隣にどんな字がきても違和感がないようにするもの。その微調整ができるのは、文字に対する感覚の鋭さと経験によるのだろう。


 文字の美しさが、いまや伝説のように語られる写植時代の写研の書体は、橋本氏がその多くを監修している。

 パソコンを使って印刷物を作るのが当たり前になって随分と経つ。

 デジタルフォントの品質もかなり良くなり、デジタルフォントを作らない写研の存在をすっかり忘れてしまった。

 今年1月に、写研とモリサワが共同でフォントを作るというニュースを見たとき、いまさら写研は必要だろうかと思った。

 しかしこの本を読み、久しぶりに写研の書体を眺めて、いま使っているデジタルフォントとは違う美しさを感じた。急に使ってみたくなった。

 すでに揃っている書体とはいえ、それをそのままデジタルで使えるものではないと聞く。調整を繰り返しリリースされたとき、改めてその美しさに驚くのを楽しみにしている。

 
 装丁は水戸部功氏+北村陽香氏。(2021)


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きらめく共和国

2021-03-13 12:40:11 | 読書
 アンドレス・バルバ『きらめく共和国』



 
 カバーのイラストは、児童書かと見紛う明るさと楽しさ。帯を外すと、蛇に巻き付かれて死んだ少女が地底に横たわっている。しかしこの死体を見てもなお、穏やかな童話を思い浮かべていたぼくは、この物語に登場する大人たちと一緒だ。

 目に入っているのに見えていないのは、無意識のうちに排除しているから。あるいは都合よく解釈しているからだろう。


 物語は、亜熱帯の街へ赴任してきた男の視点で語られる。

 初めて訪れた街は、南国の強烈な色彩に溢れ、住人たちの貧しさを消した。しかも男は、地元出身の美しいシングルマザーと結婚をしたばかり。

 路上で暮らす子どもたちの姿を目にしても、先住民ゆえの窮状として気にしていなかった。街の住人もまた、そんな子どもたちを見ていなかった。彼らが事件を起こすまでは。

 大人たちは、子どもたちを捕まえようと躍起になる。しかし、独自の言葉を話し獣のように潜む彼らを見つけることができない。


 男の語りは22年後のもので、記憶と記録を頼りに昔を振り返っている。

 子どもたちの行く末は最初に知らされる。その結末に向かい、大人たちがどのように翻弄され混乱していくかの過程を明らかにしていくのだが、要領を得ない印象がつきまとう。

 解決したようで、実は何もわかっていない。そんなすっきりしない読後感は、まるで熱帯の湿気に取り巻かれているように、いつまでも体から離れていかない。


 装画は原裕菜氏、装丁は藤田知子氏。(2021)



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赤いモレスキンの女

2021-03-01 19:05:05 | 読書
 アントワーヌ・ローラン『赤いモレスキンの女』




 アントワーヌ・ローランの日本語訳本は、とてもお洒落なカバーを身につけている。

 『ミッテランの帽子』も『赤いモレスキンの女』も、持っているだけで楽しくなる。それは、センスのいいイラストと色のためだろう。

 『赤いモレスキンの女』に使われている赤は暗めの落ち着いた色。モレスキンのノートと同じ赤なのか、手元にノートがないのでわからないが恐らく近い色のはずだ。

 原題は「赤いノートを持つ女性」でモレスキンは入っていない。モレスキンがあることで、知的で上品な女性を連想させる。カバーに描かれた女性が手に持つノートには何が書かれているのか、ミステリアスな魅力も感じる。

 イラストには黒猫も描かれている。この猫は単なる飾りではなくて、物語の中で重要な役割を果たす。


 物語は、想像できない展開をしていく。細部にまでセンスの良さが行き渡り、読んでいて心地よい。

 実在する作家パトリック・モディアノが心憎い登場の仕方をする。この本が執筆された当時、モディアノはゴンクール賞作家だったが、その後ノーベル賞を受賞した。ノーベル賞作家としてのモディアノでも、この本に登場したのだろうか。この小説にはゴンクール賞作家の方がお洒落で似合っている気がするのだ。


 イラストは北住ユキ氏、装丁は新潮社装幀室。(2021)


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