ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

夜明け前のセレスティーノ

2023-08-27 11:55:33 | 読書
 レイナルド・アレナス『夜明け前のセレスティーノ』



 本を読んでいると眠くなる。

 退屈なのではなく、リラックスして副交感神経が優位になるからだ。

 特に心地いい椅子に座っていると5分と持たない。

 静かなホールでクラシック音楽を聴いているときと似ている。


 この小説も似ている。

 音楽が流れるように、文字が流れていく。


 読み初めは違った。

 何が書いてあるのかよくわからなかった。


 「かあちゃんが〈ぼく〉の頭を石でふたつに割ると、ひとつは駆けだし、片方はかあちゃんの前にいて、踊っている、踊っている。」

 どういう状況なのだ?


 やがて気づく。

 文字通りの意味で読んではいけないのだと。

 ただ、これはわかる。

 少年は、祖父、祖母、母から暴力を受けていること。

 現実の中に不意に夢のような描写が入るのは、過酷な状況から心を逃げ出させるためではないのか。

 
 読みながら、ぼくも少年と一緒に逃げる。

 音楽のように心地よいリズムを持った文章が、夢見心地にさせるのに身を任せながら。


 装丁は坂野公一氏。(2023)


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時計仕掛けの恋人

2023-08-20 15:36:49 | 読書
 ピーター・スワンソン『時計仕掛けの恋人』



 10代の頃に付き合った恋人は、きっと一生忘れられないだろう。

 年月が経てば、若さゆえの恥ずかしい行動が懐かしくなる。

 大事な青春の思い出として心にしまう。


 39歳のジョージの悲劇は、学生時代に付き合っていたリアナのことが頭から離れないことだ。

 大人になって、付かず離れずの女性はいるのに、偶然バーでリアナを見かけると居ても立ってもいられなくなる。

 過去に彼女からひどい仕打ちを受けたというのに。

 おそらく彼女は犯罪を犯しているのに。

 もしかしたら人を殺しているかもしれないのに。


 昔好きだった人の姿を何年も経って見るとき、不思議なフィルターがかかってしまうのだと思う。

 年を取った、でも相変わらず可愛い、素敵だと。

 ジョージの行動が理解できてしまうのは、きっとぼくも同じことをしたと感じるからだ。

 男ってバカなのか?


 装丁はalbireo+nimayuma。(2023)



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千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話

2023-08-12 11:17:47 | 読書
 済東鉄腸『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』




 驚くほど長いタイトルの本だ。

 それでも、表紙の文字を目で追っていくと、自然と正しく読める。

 驚くほどの可読性。驚異的なデザイン。


 タイトルがほぼ内容を表している。

 ただそこから受ける印象と少し違うのは、著者は「引きこもり」なのに、積極的に他人とコミュニケーションを取ろうとするところだ。

 ルーマニア語を学ぶために、Facebookで4000人のルーマニア人に友達申請をする。

 「あなた、誰?」なんて反応は歯牙にも掛けない。

 鉄のメンタルだ。

 
 ルーマニア語を学ぶうちに、著者は日本語で書いていた小説を自分でルーマニア語に翻訳するようになる。

 書き上げた小説を知り合いのルーマニア人に見せると、作家でもあるその人は作品を文芸誌に送ってくれた。

 そして、著者はルーマニアで作家デビューを果たす。

 
 この本に含まれる熱量の高さは尋常ではない。

 おそらく、著者の盛んな知識欲の発露のためだろう。


 日本語で書かれた小説が、いつの日か日本の書店に並ぶようになるのだろうか。

 新しい表現を作り出しても、外国人だからという理由で認められない悔しさを味わっている著者が本領を発揮するのは、日本語の小説のような気がするのだが。


 装画は横山祐一氏、装丁は木庭貴信氏+青木春香氏。(2023)


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花びらとその他の不穏な物語

2023-08-06 15:53:40 | 読書
  グアダルーペ・ネッテル『花びらとその他の不穏な物語』



 ぼくは○○が好きだ。

 人には言えない好きなものは、きっと誰にでもあるだろう。

 それが、他人の体の特定の部位だとしたら、なおのこと口には出せない。


 少女のまぶたの写真を撮り、「夢見るようなみだらな」ものと感じるプロカメラマンの男。

 女性の尿の匂いを嗅ぎ、どんな人なのか想像する男。

 この小説集に登場する人のフェティシズムに、嫌悪感を抱く。

 気に入った尿の匂いの持ち主を探して、レストランのトイレを巡る男の行動は引いてしまう。

 犯罪じゃん、変態! 

 しかし、これがフェチというもの。

 異常な行動なのに、美しく繊細な文章で綴られると、崇高なことのようにも見えてしまう。

 こんな小説を愛でるぼくも、フェチに違いない。

 でも人には言えない。

 ○○のことは絶対に。


 装画は澤井昌平氏、装丁は桜井雄一郎氏。(2023)


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