ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ありふれた祈り

2023-01-30 22:56:40 | 読書
 ウィリアム・ケント・クルーガー『ありふれた祈り』




 2人の男の子はなぜか憂鬱そうな表情だ。

 彼らの後ろには青々とした芝生が広がり、近くの教会や遠くに見える高台の家、空と白い雲は美しいのに。

 カバーの絵は、一見穏やかな世界を描いている。

 しかし違和感を覚える箇所がある。

 少年たちの前の路上に転がるビールの空き瓶と散らばるゴミだ。


 1960年代、住人すべてが知り合いのような、ミネソタ州の小さな街に、語り手の13歳の少年が暮らしている。両親と姉、弟と。

 少年フランクの日常が、丁寧に綴られている。

 
 この物語の中には、好感を持てる人が何人もいて、少しずつ、この街の住人になっていくかのような気分に浸れる。

 弟のジェイクは吃音があり、子どもだけでなく大人にもからかわれる。

 辛さを身にしみて知っている彼が、自閉症で耳の聞こえないリーゼと信頼関係を築けるのは不思議ではない。

 戦場での体験から牧師になった父は、厳しくも思いやり深い。

 父に戦場で命を救われたというガスは、家族の一員のような存在。半端な仕事で食い繋いでいる。フランクとジェイクを子ども扱いしないところも好きだ。


 彼らが幸せに暮らせればいいのにと願うのだが、事件は起こる。



 装画はケッソクヒデキ氏、装丁は早川書房デザイン室。(2023)

56日間

2023-01-24 18:20:25 | 読書
 キャサリン・ライアン・ハワード『56日間』



 いつかこんな小説が出てくるだろうと思っていた。

 COVID-19(新型コロナウィルス感染症)のパンデミックを描いたものが。

 ただ想像していたものと違ったのは、外を出歩かなくなった状況をうまく利用した恋愛小説風だったこと。

 事実上ロックダウンになったアイルランドが舞台。

 コロナ禍で出会い好きになった人と一緒にいるには、早急だけども一緒に暮らすしかない。
 

 感染者数が急激に増えていく毎日は、マスクをし手洗いをしっかりしても罹患する恐怖は大きかった。

 この物語では、そんな怖さは強調されない。

 話がぶれてしまうからかもしれない。

 何かを隠している男に、正体不明の住人に、少しずつ不気味さ植えつけていくためかもしれない。


 タイトルの『56日間』は、ダニー・ボイル監督の恐ろしいゾンビ映画『28日後』を想起させる。

 作中この映画に触れている場面があり、作者が意識しているのがわかる。
 

 この小説が恐ろしいのは、ゾンビでも広がる感染でもなく、執着心だ。

 ゾンビは出てこない。
 

 装丁は新潮社装幀室。(2023)



嘘の木

2023-01-08 10:49:55 | 読書
 フランシス・ハーディング『嘘の木』




 荒ぶる海を外輪船が進む。

 近づいてくる島を見て、14歳の少女は追放された者が住むところだと思う。

 寡黙で厳しい牧師の父、物おじしない美しい母、幼い弟と伯父の5人は、ロンドンから追われるようにして島に移住する。

 博物学者でもある父は、ロンドンでスキャンダルに見舞われたのだが、少女に詳しいことは知らされない。

 彼女は好奇心旺盛で知識欲が強いが、時代は19世紀。

 女は男より劣るとされていて、娘が男のように賢いことはないと面と向かって父に言われ、少女はショックを受ける。


 経験したことのない味わいの物語だ。

 嘘を聞くと成長する「嘘の木」という秘密の存在が、ファンタジーの要素を含んでいながら、どうしてか嘘のように思えない。

 賢い少女は、物を知らない振りをしながら、嘘の木を使って父の死の謎を解明しようと奔走する。

 少女の成長物語でもある。


 装画は牧野千穂氏、装丁は大野リサ氏。(2022)