ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

影を呑んだ少女

2024-01-25 16:20:21 | 読書
 フランシス・ハーディング『影を呑んだ少女』



 幽霊が出てくる物語は、夜中にトイレに行けなくなるほど怖いものより、トイレで思い出し笑いをするくらいコミカルな方がいい。

 『影を呑んだ少女』に登場する幽霊は、かなり恐ろしいけれど、少し可愛かったりもする。この小説を読んだ後でも、ぼくは1人でトイレに行ける。


 舞台は17世紀のイギリス。

 石炭の噴煙に覆われた小さな町に暮らす10歳の少女メイクピースは、母と2人、おじ家族の世話になっている。

 ある夜、母はメイクピースを古い墓地へ連れて行き、不気味な礼拝堂に彼女を閉じ込める。

 耳元でうなり、泣く、死者のささやく声が彼女を苦しめる。頭をこじ開けようとしているのが感じられる。彼女は必死に耐える。

 その責苦は毎月課せられる。

 母が何を望んでいるのかメイクピースには理解できず、母を恨むようになる。

 ここの霊たちなど序の口に過ぎないことを、その時のメイクピースはまだ知らない。


 タイトルの「影を呑む」とは、霊を体内に取り込むこと。

 メイクピースは、父から受け継いだ体質で霊を体に入れることができる。

 憑依させるのとはちょっと違い、霊と同居するような感じだ。

 彼女は、先祖たちの死にそこなった霊達を入れる器として、亡くなった父の屋敷に迎え入れられる。

 やがて、イギリスを二分する戦いに巻き込まれていくメイクピース。

 彼女は、霊に支配されない自分自身の人生を生きようと戦っていく。


 壮大な展開の中で、少しずつ逞しく強くなっていく少女の姿が魅力的だ。


 装画は牧野千穂氏、装丁は大野リサ氏。(2024)



ピュウ

2024-01-14 15:52:41 | 読書
 キャサリン・レイシー『ピュウ』



 この不穏な雰囲気はどこから生まれるのだろう。

 帯を外してカバーだけにすると、狂気すれすれの不吉さを感じてしまう。

 デザインを担当したLuke Birdのサイトには、英語版の書影がある。

 日本語の入っていない、さらにシンプルな作りの表紙には、どういうわけか禍々しさが感じられない。ただ美しい。

 日本語の書体が忌まわしさの一因になっているのか。

 よく見ると可愛らしさもある書体だけれど、「ピュウ」という聞き慣れない単語が、得体のしれない不気味なものを連想させてしまうのかもしれない。


 「ピュウ」とは、教会の信者席のこと。

 ある日、そこで保護された人物を、小さな町の人たちは「ピュウ」と呼ぶようになった。

 語り手でもあるピュウは、自分自身でさえどこから来たのか、自分が誰なのかわからない。

 記憶喪失のホームレスのようで、きっと町の人たちには保護しなくてはと思わせる何かがあったのだろう。

 親切な町の人たちは、ピュウに個人的なことを尋ねる。

 性別さえはっきりしないピュウは、信仰に篤い人々にとっては不安を生む人間でしかない。

 そこには、善行を施す相手のことは知っておきたい、知る権利があるという傲慢も感じられる。

 何も語らないピュウの存在以上に、少しずつ剥き出しになっていく人々の心のうちの方が、ぼくには不気味だ。


 装丁はLuke Bird。(2023)