ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

地下鉄のザジ

2021-08-29 15:22:38 | 読書
 レーモン・クノー『地下鉄のザジ』





 新刊書店で表紙を見かけた時、古本? と一瞬思ってしまった。

 古い雰囲気のイラストは、1966年に出版された本の挿画。手書きの日本語タイトルがその古さに調和して、最近では見かけない独特な空気を醸し出していた。

 ほかの挿画も本文にちりばめられている。

 フランス語の吹き出しとともに、異国感漂うタッチ。

 さらに、現在の言葉とは若干香りの違う翻訳とともに、個性的な本になっている。


 読み始めてしばらくは、登場人物たちの言動に馴染めない。

 猥雑で活発、予測不能の行動をとる。

 物語の向かう先が見えない。

 やがてそれは想像の先を行き、あっという間に天空の彼方に消えてしまった。

 振り回された挙句に捨てられたみたい。

 この小説が書かれた1950年代の感覚、フランス語のニュアンス、それが理解できれば、何倍も楽しめるのだろう。

 破茶滅茶さにただ身を委ねる、そんな楽しみ方で満足するしかない。(2021)
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死人街道

2021-08-22 18:46:49 | 読書
 ジョー・R・ランズデール『死人街道』



 馬に乗った長身痩躯の男は砂埃にまみれていた。

 黒ずくめの服装、腰には36口径のコルト。

 厳格な面構えの男は牧師だ。

 
 まるで映画のような始まり。

 馬具屋の少年との会話にさえ緊張感がみなぎる。

 固唾を吞んで、男の先行きを見守る。

 
 牧師が銃を向ける相手は人間ではない。

 押し寄せるゾンビ、鋭く長い歯を持つ怪物、ゴブリン、その描写を読むだけで気分が悪くなる怪奇な物。

 荒廃した街は、まるで異世界。

 西部小説に荒唐無稽な要素を盛り込んで、最高に楽しい娯楽小説を作り出している。


 カバーには、巨大な蜘蛛、ゾンビのイラストがおどろおどろしく描かれ、B級感満載だ。

 やっと出たジョー・R・ランズデールの新しい翻訳が、こんなチープな本で残念だと思う反面、もっと徹底的にパルプ・フィクションっぽくして欲しかったとも思うのだ。


 装画はサイトウユウスケ氏、装丁は坂野公一氏。(2021)


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本を読むひと

2021-08-15 19:42:40 | 読書
 アリス・フェルネ『本を読むひと』




 カバーには、おどける少年と澄まし顔の少女の写真。

 無邪気な子どもの姿が微笑ましく、つい本を手に取ってしまう。

 帯を外し2人の足元を見ると、古い時代なのか、貧しさが感じられる。

 ジプシー(ロマ)の子どもたち。

 ノンフィクションの雰囲気を出しているが小説だ。


 フランスに暮らすロマの大家族と、フランス人女性の物語。

 祖母を中心とした家族は、ぬかるんだ土地に許可なく住み着いている。

 キャンピングカーと、薪よりもゴミの方が多い焚き火、水は遠くまで汲みに行く生活。

 ロマは自由気ままに楽しく生きていると思っていたが、そうではない。仕事をせず、貧しく、また社会から疎外されている。

 そんな閉鎖された家族の元へ、図書館員の女性エステールが訪れる。

 教育を受けていない子どもたちに、本を読み聞かせようとするのだ。

 現実のロマの生活はわからないが、これを貧困家庭の話だと思うと身近に感じられる。

 学校へ通ったことのない親の無気力な人生を、子どもに受け継がせていいのだろうか。

 エステールの行動を少し理解できる。

 彼女は、物語の持つ力を信じている。

 やがてそれが、子どもだけでなく、親をも変えていく。

 信じることの先に希望があることを、この物語は教えてくれる。


 カバー写真はJosef Koudelka、装丁は新潮社装幀室。(2021)


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ガラスの街

2021-08-08 15:24:07 | 読書
 ポール・オースター『ガラスの街』





 ポール・オースターの初期の作品である『ガラスの街』をずっと読まずにいたのは、コミック版の「シティ・オブ・グラス」を先に買ってしまったからだ。

 デビッド・マッズケリの絵によるコミック版は、10数ページ進んだあたりで読めなくなってしまった。

 読みにくかった。

 その原因が原作にあるのか、描き方にあるのかわからなかったが、コミックが読めないのに原作がわかるのか? という思いが残った。

 そのまま20年が過ぎてしまった。


 柴田元幸訳の新潮文庫版『ガラスの街』を書店で見かけたとき、カバーのモノクロの絵が、コミック版の「シティ・オブ・グラス」を思い出させた。

 2つの絵が似ているのはモノクロという点だけ。

 タダジュン氏のイラストには、物語の面白さを想像させる何かがあって、強くこの本を読みたいと思った。コミック版の呪縛が解けたかのようだった。


 小説を読んでみて、コミック版で感じた分かりにくさが、原作の分かりにくさに起因しているとわかる。

 その分かりにくいことを、少しでも分かりやすくするために描かれている絵が、かえって混乱を生んでいる。

 さらに、コミック版は原作をミステリーとしてとらえているため、必要のない箇所でも謎に満ちた雰囲気を出している気がする。


 ぼくは、小説のこの分かりにくさを気に入っている。

 そもそもミステリーを読んでいるつもりはないので、謎が謎のままでも構わない。

 ポール・オースターの世界に浸るだけで、ぼくは十分幸せだ。


 装画はタダジュン氏、装丁は新潮社装幀室。(2021)


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イングランド・イングランド

2021-08-01 17:38:41 | 読書
 ジュリアン・バーンズ『イングランド・イングランド』




 紅茶、2階建バス、ロビンフット。バラにシェークスピア、ウェストミンスター宮殿。国旗を見なくても、これらが示すのはイングランドだとわかる。

 カバーに描かれた絵に、ぎゅっと詰まったイングランドらしさ。


 イングランドの南、すぐ目の前に浮かぶ小さな島に、イングランドらしいものを詰め込んだ高級レジャー施設を作ろうとするサー・ジャック・ピットマン。

 目指すのは本物を凌駕するレプリカ。

 ビジネスで築いた巨万の富で、国王までも招いてしまう。

 物語の根底にあるのは、凋落してしまったイングランドへの無念さだろうか。

 かつての古き良き時代を理想とする、新たな国づくり。

 小説の中では、稼ぐためのテーマパークとして描かれているが、新しいものは何もなくとも、イングランドらしさだけで十分世界中から人を呼べるという物語に、イングランドに対する誇りが見える気がする。

 馬車が走る古い時代に生きているという設定のスタッフが、その生活に馴染んでしまうというのは、イングランド人の気質を揶揄しているのか、それとも本当に昔は良かったという著者の思いなのか。


 装画は牛尾篤氏、装丁は藤田知子氏。(2021)



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