アルフィアン・サアット『マレー素描集』
カラフルな魚が、赤い風船で吊り上げられている。
海面の少し上を、魚は自らの意思で進んでいるようにも見える。
背景の薄い青、水の白、すべてのバランスが美しいカバーのイラスト。
シンガポールに暮らす人びとの姿を描写した48の物語は、ときにたった1ページの長さしかないのだが、読んでいるうちに想像が膨らんでいくものがある。
反対に状況がよくわからないものもあって、想像力を試されているようだ。
シンガポールの民族構成は、外務省のデータによると中華系が76%、マレー系15%、インド系7.5%。
小説の中では、英語を話す中華系と英語が不得手のマレー系との間に格差があって、関係に微妙な温度差を生んでいる。
さらに宗教の違いもあるためか、お互いに本当には理解をしていない感じを受ける。
近くにいながら遠い隣人なのだ。
シンガポールはかつてマレーシアの一部だった。
しかし民族構成は大きく異なり、マレーシアではマレー系がおよそ7割を占めている。
学生の女子2人が、クアラルンプールへ遊びに行く短編がある。
シンガポール人だという優越感を持ちながらも、誰もがマレー語を話す居心地の良さを感じている。それと出会いの可能性の高さも。
運よく2人は、裕福で洗練された若者と知り合う。
翌日、彼からの電話を待ちながら彼女たちは思う。
何度もクアラルンプールへ来てしまうのは、自分たちが誰じゃないのかを知るためと。
彼女たちのシンガポールでの生きづらさを感じてしまう。
本の大きさは四六判より天地が18ミリ短い。
とても短い物語ばかりなので、1行あたりの文字数を少なくするためかもしれないが、コンパクトで可愛らしい造本になっている。
本文の紙がグレーなのも、落ち着きがあっていい。
装丁・組版は佐々木暁氏。(2022)