ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

死にたくなったら電話して

2021-10-28 19:50:38 | 読書
 李龍徳『死にたくなったら電話して』




 真っ黒な表紙に浮かび上がる女性の横顔。

 眼差しの強さが印象的だが、タイトル「死にたくなったら電話して」のインパクトがそれを上回る。

 隙間なく並べられたピンクの文字が、いかがわしさを演出する。

 ところどころ文字は赤の濃度を変え、単調にならず、小さな違和感を生んで、さらに忘れがたくさせる。

 鬱陶しさを感じさせるのは、おそらく帯の文字だろう。

 表紙のほぼ半分を埋める黒い帯に、タイトルと同じように字間を詰めた「文学のスキャンダル」。

 隣に並ぶ著名人の推薦文がおとなしく見え、落ち着いて読むことができる。

 背のタイトルは、帯に隠れて一部分が見えない。

 面出しに特化した帯に、版元の意気込みが感じられる。


 カバーを見ているだけで満腹になる。

 読むと食べ過ぎた気分になる。

 後半になるにつれ悪意が加速し、ぐったりしてくる。

 それでも不思議ともたれないのは、悪意に含まれる悲しみが毒を中和させるからだろうか。


 装画は赤、装丁は鈴木誠一デザイン室。(2021)



すべてのドアを鎖せ

2021-10-21 18:50:52 | 読書
 ライリー・セイガー『すべてのドアを鎖せ』
  



 鳥籠に似たエレベーターは、内側の格子扉を手動で閉める。

 床には赤い絨毯、天井は金箔、壁はオーク材。

 このエレベーターに女性が乗り込むシーンから、小説は始まる。

 歴史のある高級アパートメント。

 失業中の女性は、空室になっている部屋に住むだけで大金がもらえる仕事に応募してきた。

 案内されて入った部屋は、セントラルパークを見下ろす最上階。

 こんな素敵な場所に住めるなんて、夢ではないのか。

 きっとこれは悪夢の始まりだ。

 帯の背に「この建物は、何かがおかしい」とあるのだから。

 ここに取り憑いているのは悪霊かゾンビか、それとも殺人鬼か。


 サスペンスは導入部分が楽しい。

 大都会の真ん中にあるのに、時間が止まったような古くて閉鎖的な建物。

 犯人(?)がわかるまでは、ここ(小説)から逃げ出すわけにはいかない。

 こんなことがあったら怖い。

 でも本当にありそうで怖い。


 装丁は大岡喜直氏(next door design)。(2021)



断絶

2021-10-14 19:55:35 | 読書
 リン・マー『断絶』



 ニューヨークのワン・ワールド・トレード・センターの写真が入る表紙には、タイトルの「断絶」が、いまにも崩れ堕ちそうな様子で配置されている。

 不穏な空気を感じる。

 しかも帯には「震撼のパンデミック小説!」とあり、不気味さと期待とが入り混じる。


 中国、深圳で発生した熱病が全世界を襲い、治療方法が見つからないまま人類が死に絶えようとしている。

 人々が家族のもとで最期を迎えようと職場を離れていくなか、会社の留守番役を頼まれたキャンディスは、律儀に毎日会社へ通う。

 幼い頃、中国から移民としてアメリカにやってきた彼女は、両親を亡くし、帰る場所がない。

 彼女は1人で過ごすことが苦にならないのだろう。むしろその状況を楽しんでいるかのようだ。

 そんな彼女の醸し出すトーンが小説全体を包んでいる。

 その雰囲気は、ぼくには居心地がいい。

 静かに本を読んでいるだけで幸せなぼくには、馴染み深いのだ。

 ただ、先の見えない世界にいてもその気持ちを維持できるかどうか、ぼくには自信がない。

 キャンディスは楽観的すぎるのか、それとも想像力に欠けるのか。


 この小説は、コロナウイルスから着想を得たのだろうと思ってしまったが、そうではない。解説を読み、著者の発想の過程を知ると、世の中には実にさまざまな疫病が蔓延しているのだと、あらためて恐ろしくなる。


 装丁は緒方修一氏。(2021)



爆弾魔

2021-10-03 11:51:35 | 読書
 R・L・スティーヴンソン&ファニー・スティーヴンソン『爆弾魔』





 カバーの絵は、右へ90度回して見ると、部屋の床だったところが壁になり、壁に見えていたところが建物の入り口になる。さらに回すと、部屋の中だったところが外になってしまう。不思議な構図だ。

 この小説も絵に似ていて、いくつもの物語が縦、横、背面と、思わぬ形で結びついている。


 物語の軸になるのは、ロンドンに暮らす3人の青年。

 紳士だが生活力がなく貧乏な彼らは、懸賞金のかかった悪党を捕まえるべく冒険をしようと誓い合う。

 そしてそれぞれが、普段は取らない行動を選ぶことで、風変わりな経験をしていく。

 秘密結社に狙われる女性、テロリストに懐柔される男、魔女が支配する農園、空想か法螺話か、どこまでが真実なのかわからない話が続く。そのどれもがスリルに満ちた冒険で楽しい。

 はじまりと同じ、3人が出会ったシガーバーで、物語は幕を閉じる。

 面白い話を聞かせてもらった。そんな気分だ。


 装画は磯良一氏、装丁は山田英春氏。(2021)