ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ひとり旅立つ少年よ

2019-09-29 11:59:08 | 読書
ボストン・テラン『ひとり旅立つ少年よ』




 カバーには、遥かに延びて行く線路の写真。

 線路を邪魔しない右上に置かれたタイトル『ひとり旅立つ少年よ』。

 これだけを見たならば、十代に向けた金言集や詩集のようにも思える。

 しかし、帯の文言を先に読んでしまったので、そうではないとわかっている。

 〈父の罪を贖うため、地平線の彼方をめざす 危うく、でも強いその姿を見よ。〉

 泣かせようとしているのがわかる。

 きっと感動的な話なのだ。

 ところが、主人公の少年は、たびたび自分の行いをセンチメンタルに反省する。

 そのたびに興が削がれ、冷静になってしまう。


 奴隷制度が残っている時代のアメリカが舞台。

 馬車が走り、銃を撃ち、人が死んでいく、西部劇のようなエンターテイメント小説の体裁。

 そこに少年の成長を織り込んでいる。

 すべては少年のため。

 そのためなのか、少年と関わる人たちが小道具程度の扱いなのが残念だ。魅力的な人たちなのに。

 白人の少年が、黒人と一緒に競りにかけられるなど、意外な展開は楽しめる。

 これも、少年を鍛える仕掛けのひとつに感じられてしまうのだが。


 カバーデザインは石崎健太郎氏。(2019)



ヴェネツィアの出版人

2019-09-21 11:20:00 | 読書
ハビエル・アスペイティア『ヴェネツィアの出版人』
 


 15世紀のヴェネツィアで、本作りに取り憑かれた男の物語。

 帯に「ビブリオフィリア必読の長編小説!」と書いてあるにもかかわらず、ノンフィクションだろう、本好き(ビブリオフィリア)が知っておくべき歴史が書かれているのだろうと思っていた。

 簡潔で主張しない、表紙の静かなたたずまいが、真面目で堅い内容を想像させたのだ。

 ところが、冒頭の数行を読んだだけで気持ちをがっちり掴まれてしまった。

 さらに1ページと進まないうちに、鮮やかな視点の移動に参ってしまい、それからあとは一気読み。

 実際には、何日もかけてじっくり読んだのだが、一気に物語の中を走り抜けような爽快感があった。

 そして、もう一度、最初の章を読んでみる。

 余韻に浸る。


 史実に基づいているのだろうが、著者の想像力は凄まじい。

 人物一人ひとりが、いまを生きているように魅力的に描かれている。

 ビブリオフィリアしか興味を持てないのか?

 とんでもない。

 きっと誰が読んでも楽しめる。


 装丁は水崎真奈美氏。(2019)

なにかが首のまわりに

2019-09-10 17:57:30 | 読書
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』




 美しい黒人女性の横顔が描かれたカバー。

 右端、縦にまとめられたタイトル、著者名などは、イラストに比べて控えめなのに、不思議なほど可読性がいい。

 本を開く。

 袖に著者の写真があり、ハッとするほどの美人。カバーのイラストは著者なのだろう。


 12の短編。

 舞台はナイジェリア、またはアメリカ。

 家族、夫婦、恋人、友人、見知らぬ他人との関係を、ピンセットでそっと言葉を並べるように描いていく。

 人と人は分かり合えるのか、それとも理解できないものなのか。

 少々、悲観的な見方をしているようにも感じる。

 それは、著者がアフリカ出身で、黒人で、女性ゆえに受ける、他人からの眼差しや、言葉の端々に感じる差異に気づいてしまうからだろう。

 著者のそんな繊細さの表れた物語。


 「アメリカ大使館」は、ナイジェリアのアメリカ大使館で、難民ヴィザの申請をする女性の話。

 迫害された証拠が必要だと言う担当者に、女性は不信感を募らせる。

 「…おそらくヤシ油で料理などしない人、しぼりたてのヤシ油が鮮やかな、鮮やかな赤色をしていて、時間がたつと凝固して、ごつごつしたオレンジのようになる、そんなことさえ知らない人だ」

 とはいっても、相手も血の通った人間、本気になって話せば、こっちのことを理解してくれるのではないか、そんな考えは甘いのだろうか。


 カバーデザインは鈴木成一デザイン室、装画は千海博美氏。(2019)


穴の町

2019-09-02 17:24:20 | 読書
ショーン・プレスコット『穴の町』



 表紙は白と黒の2色。

 右半分が黒の楕円で覆われ、それは背を越え、表4のほとんどを埋め尽くしている。

 中には、白抜きで『穴の町』とタイトルが入っている。

 残り半分の白地には、死人のような真っ黒な目をした人物が2人。

 白い帯には、細く赤い文字が、呪文のように横たわり、その上に黒のゴシックでひとこと「町が消える。」。

 SFっぽいのか、ホラーなのか。

 恐ろしい顔をした本だが、読み始めると、かなり違った感触で、いろいろ考えさせられる物語だった。


 その町にやってきた男は、消えゆく町について執筆している。

 知ってか知らずか、その町も、やがて消えていく運命にあった。

 町の住人らに話を聞く男。

 彼らの話は興味深い。

 そして誰もが、確実な拠り所のない人生を送っているとわかる。

 話を聞いている男も、どこからやってきたのか本人もわからず、浮遊感の漂う人生だ。

 男は、スーパーマーケットで働く。町を離れ、ホームレスに堕ちそうになり、また同じ職を得る。

 堕ちていく友人を支えながら、踏みとどまっている。

 小さな杭で、流されないように、なんとか自分の居場所を見つけようとするかのように。

 広大なオーストラリアが舞台なのに、どこにいても風通しが悪い。

 徘徊する思考を止めるには、出口を見つけるのではなく、探すのを止めてしまった方が簡単だ。

 穴に落ちるとは、そういうことだろうか。


 装画はタダジュン氏。(2019)