ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

この道の先に、いつもの赤毛

2023-10-20 17:14:11 | 読書
 アン・タイラー『この道の先に、いつもの赤毛』



 本の帯を外し、カバーも取る。

 カバーの両端を持って机の上に広げてみると、袖まで含めた横長の一枚の絵が表れる。

 まるで絵本のような温かい絵には、マイカの暮らすアパートと、彼が仕事に使う車が描かれている。

 黄色く染まった街路樹の葉と、建物の赤いレンガのコントラストが美しい。

 ボルティモアはこんな場所なのかと、行ってみたくなる。


 40歳を越えた一人暮らしの男マイカの描写を読むと、著者はこの男を気に入っていないように感じる。

 人付き合いが少なく、決まりきった単調な生活、いつも変わらない服装。

 人生とは、などと考えることはあるだろうかと。

 さらに半地下の住居については、「住んで楽しいこともなさそうだ」と書く。


 しかし、読み進めると、著者はこの男を嫌っているわけではないとわかってくる。

 こんな男だけど、いやこんな男だからこそ、著者アン・タイラーは愛しているに違いない。

 一方、女性に対してはかなり厳しい目を向けている。


 マイカは丁寧に仕事をし、決められた日にゴミをきちんと出す。

 突然現れた家出少年を家に招き、コーヒーを淹れてあげる。

 なんでもない日常と、ちょっと変わった出来事。

 それなりに満足な生活。

 ただ、ぽっかり開いてしまった心の穴は、一人では埋められないのだった。


 装画はカシワイ氏、装丁は田中久子氏。(2023)



生存者

2023-10-09 12:26:19 | 読書
 アレックス・シュルマン『生存者』




 表紙には、モノクロ写真の木彫りの像。

 湖面に浮かぶボートに乗る人は、細い枝のオールを握っている。

 これでは船は動かないだろう。

 船も時間も、決して進むことなく止まってしまったかのようだ。

 静謐な湖面に刻まれたタイトルの『生存者』に感じる死者の匂い。

 生き残った者の後ろには、亡くなった人がいるのだから。

 
 2つの時間が流れていく物語。

 男3人兄弟の現在と、彼らの子ども時代、両親と過ごした湖畔のコテージでの話。

 現在の話は、章ごとに時間が遡る構成になっている。

 最初の章が、一番新しい時間、次の章はその2時間前のこと。

 新しい時間の冒頭と、過去の時間の最後の文章が一緒なので、一度読んだものをまた読むことになり、既視感に包まれる。

 時間が停滞した感じになる。


 進まない時間とは、故意に止めた時間なのだ。

 書き換えた記憶の中に、真実は永遠に止まってしまう。


 緊張感が途切れないのは、兄弟の関係、親の定まらない視点に、常に危うさを感じるからだ。

 「忘れる」という時間の経過を、この物語は許してくれなさそうだ。


 カバー作品は西浦裕太氏、写真は大隅圭介氏、装丁は早川書房デザイン室。(2023)