ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

はなればなれに

2023-12-28 16:39:18 | 読書
 ドロレス・ヒッチェンズ『はなればなれに』



 新潮文庫の海外名作発掘シリーズは、帯に小さなロゴが入っている。

 ほかの文庫本との違いはそこだけだ。

 版元のHPを見ると、いままで翻訳されたことのないエンタメ小説という緩いくくりらしい。

 そこに「古い」は入っていないが、執筆されてからある程度年月が経っているからこそ「発掘」なのだろう。


 この小説は、1958年にアメリカで出版された。

 それが今年初めて翻訳された。

 65年間どこに隠れていたのだ?

 これほど面白い小説が、誰にも気づかれず放置されていたことに驚く。


 前科のある22歳のスキップとエディは、手に職をつけるため学校に通っている。

 しかし、スキップは短絡的な考え方しかできず、犯罪行為に対して躊躇がない。

 大金の匂いを嗅ぎつけると、エディと17歳の少女カレンを巻き込み、未亡人宅へ押し入る計画を立てる。

 穴だらけの計画は、やがてプロともいえる犯罪者の知るところとなり、若僧のスキップは弾き出されてしまう。スキップは反発し、裏をかこうとするのだが。


 ほぼ理解不能のスキップに対して、エディとカレンの心の動きには、時に歯痒く時に同情し、2人の成り行きを見守る。


 タイトルの『はなればなれに』は、この小説を原作としたゴダールの映画タイトルと同じで、原題の『Fool’s Gold』とは雰囲気が違う。

 犯罪小説としては似つかわしくないが、感情の絡みが見える『はなればなれに』は、この小説にはぴたりと合っていると、読後感じるのだった。


 装画はQ-TA、装丁は新潮社装幀室。(2023)


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ホープは突然現れる

2023-12-18 17:26:06 | 読書
 クレア・ノース『ホープは突然現れる』



 この物語には悲しさが充満している。

 それは主人公の孤独が原因だ。

 普通の孤独ではない。

 ありえない絶望的な孤独。

 
 主人公ホープは、クレア・ノースの小説に共通する特異体質の人。

 彼女は人から忘れられてしまう。

 忘れられる時間はだんだん早くなり、30秒も彼女から目を離せば、容貌だけでなく存在そのものを忘れられてしまう。

 親からも忘れられてしまう場面は、読んでいて衝撃が大きい。

 家に見知らぬ他人がいると思われ、ホープは家を出ざるをえない。


 人との永続的な関係を築くことができない。

 学校、職場という人の集まりに属することができない。

 彼女の存在が確かなのは、ネットの中だけだ。

 文字の記憶は人から消えることがない。

 
 彼女は一度だけ、同じ体質の男に会ったことがある。

 自分が相手のことを忘れてしまうのだ。

 しかし再会した時、彼は人から記憶される人間になっていた。

 彼が受けた「治療」の仕組みを知りたい。

 人に覚えてもらえる体になりたい。

 ホープは、その「治療」に行き着くための自己改革アプリのデータを盗み出す。

 完璧な人生を提示するというアプリは、世界を画一的な人間ばかりのグロテスクなものに変えようとしていた。


 ホープのことを忘れない唯一の人がいる。

 それは、遠くに見える小さな灯りのように、彼女に希望を与えはしないのか。

 少なくともぼくには、その人との触れ合いは、束の間、正気に戻れる場面なのだった。


 装画は榎本マリコ氏、装丁は大原由衣氏。(2023)



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路上の陽光

2023-12-10 11:19:48 | 読書
 ラシャムジャ『路上の陽光』



 顔の中で鼻は、ほかの部位より日焼けしやすい。

 太陽に近い分、浴びる日射しの強さが違うのだ。

 数センチにも満たない差でこうなのだから、4000メートルも太陽に近づいたら、どれだけ強烈なのだろう。


 チベット、ラサを舞台にした8編の小説集。

 表題作「路上の陽光」は、川の水面に反射する光に、思わず目を細めてしまうような眩しい世界。

 容赦なく降り注ぐ日差しは、人のやる気や覇気を削いでしまうのか。

 仕事のない若者たちは、橋の上で日雇いの声がかかるのをぶらぶらしながら待っている。

 ランゼーは、風で飛ばされた帽子を取ってきてほしいと傍らにいるプンナムにお願いするが、彼は気怠そうにしたまま動こうとしない。

 日当でやっと手に入れた赤い帽子は、川に落ち流されていく。

 プンナムに「きれいだね」と言われたくて買ってきたのに、彼はインドまで流されてインドの洗濯娘がかぶるかもと、ふざけたことを言う。


 お互い気がある2人なのに、些細なことで離れてしまう。

 それは貧しさが原因なのか、思いやる気持ちが足りなかったからなのか。

 それとも、適切な瞬間にふさわしい言葉がかけられなかったからなのか。

 タイミングを外してしまうと、もう二度と元には戻らないこともあるのだ。


 装丁は成原亜美氏。(2023)


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誘拐犯

2023-12-04 18:32:26 | 読書
 シャルロッテ・リンク『誘拐犯』



 どうしてケイトは美人ではないのか。

 スコットランド・ヤードの巡査部長ケイト。

 男たちの興味を引かない女性。

 どうして著者は、ケイトの外見に華を与えなかったのか。


 前作『裏切り』で、本人も気づいていない刑事としての隠れた才能の片鱗を見せたケイト。

 今作では、少しは逞しくなった姿で登場するのかと期待すると、相変わらず自信がなさそうだ。

 彼女は、亡き父の家を処分するため一時的に地元に戻ってきた。

 そのとき泊まった宿の娘が行方不明になり、ケイトは母親に捜査を頼まれる。

 管轄外の捜査にケイトは渋るが、記者と身分を偽って独自に調べ始める。

 地元スカボローでは、以前にも少女の失踪事件があったばかりだった。


 女性を外見でしか判断しない男ばかりが登場するなか、ケイトに恋人ができる。

 ナイスガイのように描かれているけれど、なんとなく胡散臭い感じがつきまとってしまうのは、この小説がミステリーだからだろう。

 登場人物はすべて疑わしい。

 ケイトが美人だったら、簡単に恋人ができる展開に違和感は生じず、ナイスガイはぼくにあらぬ疑いはかけられずにすんだかもしれない。

 事件は意外な展開になりながら、やっぱりそうかという部分も。


 装丁は東京創元社装幀室。(2023)


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