ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

メタル’94

2023-07-31 22:42:17 | 読書
 ヤーニス・ヨニェヴス『メタル’94』



 若いときはなんでもできる。

 それは思い込みに過ぎないが、大人になって知識と経験が邪魔をしてできないことが増えてしまうと、無邪気な10代の頃は、無限の可能性が広がっていたような気がしてくる。

 若いからできてしまうことは確かにあった。


 バルト三国のひとつ、ラトヴィアに暮らす15歳の少年ヤーニスの物語。

 1990年の独立からわずか4年後。

 優等生だったヤーニスは、パール・ジャムやニルヴァーナの曲が頭の中に響くようになってから、付き合う友人が少しずつ変わっていく。

 タバコを吸い、酒を飲む。

 お金がないのに列車に乗り、ライブ会場に潜り込む。

 まるで人生のすべてがヘヴィメタに支配されてしまったかのように夢中になる。


 登場するミュージシャンのほとんどは名前を聞いたこともない。

 でも心配ない。

 巻末にリストがあって、ちょっとした解説がついている。


 大人になると、若い頃、なぜあんなに夢中だったのかわからないものがある。

 多くの時間を費やし、体力を使い、頭の中はそれでいっぱいだったようなこと。

 理由はわからなくても、それは必要なことだったのだ。

 年を取って純粋さから遠ざかってしまうと、そんな時代を懐かしく肯定するのだ。


 装丁は山田和寛氏。(2023)



悪魔はいつもそこに

2023-07-24 18:23:24 | 読書
 ドナルド・レイ・ポロック『悪魔はいつもそこに』



 理不尽な仕打ちを受けた人が、相手に向かって拳を握りしめる。

 そいつを殴ってしまえ!

 読みながら心の中で叫ぶ。

 そんな暴力性が自分の中にあると気づき、恐くなる。

 物語に同調し、ときどき起こる気持ちの動き。

 それは、小説家の巧みな筆力が引き起こす。


 タイトルの「悪魔」、カバーの十字架を見て、オカルトものを想像した。

 怖いもの見たさでページを繰るが、ここにそういう恐怖はない。

 ただ、暴力の匂いが充満する文章で、いつ誰かが殺されても不思議ではない雰囲気が絶えず漂っている。


 1960年代のオハイオ州。

 極貧の中、暴力を振るうことを意に介さない父に育てられた少年の話が、いくつかある軸のひとつ。

 少年はその後両親を亡くし、愛情深い祖母とともに暮らす。

 やがて、彼は人を思い遣る大人へと成長していくように見えるのだが。


 悪は善良な人を飲み込んでしまう。

 そいつを殺ってしまえ!

 暴力が最上の解決に見えてしまうのは、ぼくの中に棲む悪魔のせいか、あるいは作家のチカラなのか。


 装丁は新潮社装幀室。(2023)



家の本

2023-07-15 16:02:24 | 読書
 アンドレア・バイヤーニ『家の本』



 構成が独特だ。

 文体も変わっている。



 家が、住人について語る。

 「私」を中心とした物語。

 「私」が生まれた家、「私」が仮住まいをした家、「私」が見上げる恋人が住む家。

 それらの家々が、「私」と「私」を取り巻く人々について語り続ける。

 ときに家は、車だったり、銀行口座だったり、電話ボックスだったりもする。

 語られる時代はバラバラで、はじめのうちは物語の流れがつかめない。


 さらに困惑するのは、謎のような文章だ。

 『「永久(とこしえ)の家」は環状にできている。それは結婚指輪の形態と性質を備えた家だ。建築上の工夫について言うなら、そこには最先端のテクノロジーが用いられている。』

 これは何について書かれているのか、しばし彷徨う。読み進めるうちにわかってくるのだが、78つの章がほぼこんな感じなので集中力と想像力が必要だ。


 小説は何を書くかではない、どう書くかだ。

 そんな言葉を聞いたことがある。

 時系列に並べられた物語だったら、もう少し読みやすかっただろう。

 でもこの読みにくさが、この小説の魅力にもなっている。


 装画はいとう瞳氏、装丁は緒方修一氏。(2023)



ダークマター

2023-07-08 11:45:28 | 読書
 ダグ・ジョンストン『ダークマター』


 生まれてから亡くなった時までの戸籍謄本を辿り、ほかに遺産相続人がいないか調べる。

 つまり、隠し子の存在を明らかにするのだが、その作業はとても面倒なので、行政書士に依頼した。

 後日、取り寄せてもらった戸籍謄本に、会ったことのない兄弟はいなかったが、親の意外な事実を知った。

 本人は隠しているつもりはなかっただろうが、亡くなってから知ると秘密にしていたかのように映る。


 人が亡くなると、思わぬ秘密が明らかになる。


 葬儀社を経営していたジムが亡くなり、妻のドロシーは、会社のお金が毎月知らない女性に振り込まれていることを知る。

 愛人か隠し子か?

 調べると、元従業員の妻で、保険金と称して渡されていたのだが、その元従業員は行方不明。

 これだけでも十分面白い謎なのに、ジムは探偵業も兼業していたものだから、依頼されていた案件を娘と引き継ぎ、さらに孫娘のルームメイトが失踪、事件が増えていく。

 葬儀社の仕事をこなしながら、素人探偵3人は事件を地道に調べていく。ときに義憤に駆られ暴走しながら。


 舞台になっているエディンバラの地図がついているので、眺めながら街の空気を感じつつ読む。

 やや重めのトーンに満ちた小説だというのは、カバーのイラストを見ればわかったはず。ぼくは好きだ。


 装画は3rdeye、装丁は鈴木成一デザイン室。(2023)