ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

月の満ち欠け

2020-02-29 11:11:33 | 読書
佐藤正午『月の満ち欠け』
 


 ハードカバーの本を買い、読まないまま3年近くが過ぎた。

 とうとう文庫本が出てしまった。




 表紙には、エッチングが入っている。

 向き合う2人。空には雲と月。

 帯を外すと、この絵は表紙よりだいぶ小さく入っていることに気づく。

 そして黄色い月は、エッチングではなく、おそらくデザイナーが描き足したものだ。

 エッチングの下部には影ができていて、黒の背景の中に浮かび上がり、絵としての存在を意識させられる。

 なんでこんなことをしたのだろう。


 小説の楽しみ方のひとつに、書かれていない部分を想像することがある。

 人物の指の動きだけで、悲しみや喜びが伝わってくるような、そんな文章に出会うと、背筋がぞくぞくする。

 それは、意識下に働きかけてくる。

 ときには、作者が意図していないところで、ぼくが勝手に想像を膨らませてしまうこともあるだろう。

 『月の満ち欠け』では、個人的な経験との些細な共通項が、この小説をより印象深いものにした。


 ぼくは、高田馬場で学生時代を過ごした。

 バイト先の先輩で、映画にとても詳しい人がいて、いろんなことを教えてくれた。

 20歳頃に出会った年上の女性は、魅力的な人が多かった。


 小説は、ストーリーも大事だが、物語の中に何を感じられるかも大きい。

 それは、1枚の絵を前にしたとき、人によって感じるものが違うのに似ている。

 だから、表紙の絵は、展示された絵のようにも見える仕掛けを施したのだろうか。


 装画は宝珠光寿氏、装丁は桂川潤氏。(2020)


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アウステルリッツ

2020-02-21 18:56:13 | 読書
W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』





 息が詰まりそうな文章だ。

 あるいは息継ぎができない。

 その要因のひとつに、改行がほとんどなく、休憩ができないことがある。サービスエリアがまったくなく、ずっと運転を続けなくてはいけない高速道路のようなもの。

 
 アウステルリッツとは人物の名前。

 この小説の語り手が、アウステルリッツと出会い、彼の塗り込められた幼年時代を掘り起こしていく過程と、蘇っていく記憶を聞いていく。

 その話は、ひとところに留まらず、歩きながらスライドドアを開けて移動するように、いつの間にか別の世界へ踏み込んでいる。

 ひとつの段落の中ながら、わずかな休みを得て、いまいる場所を確認できるのは、「~とアウステルリッツは語った」という表現が出るときだ。

 けれども、わりと頻繁に同じ言い回しが出てくる。煩わしくなってくる。

 しかも、アウステルリッツがヴェラという女性の語りを語り、ヴェラはアガータという別の女性の語りを語る。

 「~とヴェラは言いました、とアウステルリッツは語った」となる。

 これはユーモアなんだろうか。それとも、知られなくたいことを巧妙に隠す方策なのだろうか。


 息もせず読み続けていると、真っ暗な箱の中に頭を入れているような気分になる。

 外光が入ってこない箱の中に、アウステルリッツの物語が映し出される。

 息苦しいのは、密閉された空間だからなのか、物語が濃密だからなのか。


 表紙の写真は誰なのか。

 文中の言葉は信じられず、巻末の訳者あとがきを先に読みたくなってしまう。

 でも正解を知らない方が、この本の世界は楽しめると思うのだ。


 装丁は緒方修一氏。


 新装版が出た。

 旧版の方が良かったのでは?(2020)




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十二月の十日

2020-02-02 12:04:42 | 読書
ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』





 帯を外すと、コラージュの全容が現れる。

 どことなく不気味ながらお洒落だ。

 左下にある「十」は、パイプを十字に組んだ写真。

 そのパイプと、ほぼ同じ太さでタイトル文字が入っている。

 あえて、文字がコラージュの一部に見えるように組んでいるのだろう。

 文字と写真の境界の曖昧さは、現実と妄想の曖昧さのようでもある。

 この小説には、2つの世界を行ったり来たりしながら、読む者の気持ちを揺さぶり、しっかりつかんでしまう凄さとうまさがある。


 10編の物語は、決して親しみやすいとはいえない。

 ちょっとダメな人たちが登場し、共感しにくい。

 彼らが、足を絡め取られるように、困ったことに巻き込まれていくと、同情しながら一緒に考え、経過を見守る。

 お節介ながら、口を挟みたくなる。

 
 言葉の感覚が絶妙だと感じるのは、岸本佐知子氏の翻訳もいいのだろう。


 装画はQ-TA氏、装丁は川名潤氏。(2020)  





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