クリストファー・イシャウッド『いかさま師ノリス』
タイトルで「いかさま師」などと呼ばれてしまっては、ノリスは最初からいかがわしくて見えてしまう。
ベルリンへ向かう列車のコンパートメントで一緒になり、煙草の火を借りようとウィリアムが声をかけたときの、ノリスのあまりの驚きよう。
何か考えごとをしていたのか、ベストのあちこちを忙しなく探る挙動の不審さは、ノリスがいかさま師として一流ではないことを暗示している。
あぐらをかいた大きな鼻、醜悪な歯並び、バレバレのカツラ。
ノリスが深刻に語ろうとも、コミカルな様子が緊張が緩ませる。
時代は、やがてナチスが台頭してくる1930年代。
ノリスは見かけ通りの三流いかさま師なのか、それとも身に危険が及ぶほどの秘密を抱えた諜報員なのか。
少しずつ見えてくる不穏な空気が、ノリスの可笑しさによって際立ってくる。
表紙絵の一部が、表4、本扉などに使われていて、そこに何か隠された意味を探してしまう。
おそらく謎などないのだろうに、表紙の人たちの視線が気になるイラストだ。
装画は北住ユキ氏、装丁は緒方修一氏。(2022)