ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

洪水

2020-12-19 11:16:21 | 読書
 フィリップ・フォレスト『洪水』




 真っ白な背景の中央に、鉄筋の飛び出たコンクリートの破片がある。傍らには割れたガラス、さらに注意してみると、それらは水に浸かっているのがわかる。

 カバーの写真は、何か悲劇的な事が起こった後のように見えるのだが、あまりに全体が美しくて、束の間、夢見心地になる。

 しかし、白く消している背景には、実は目を背けたくなるような恐ろしい光景が広がっているのかもしれない。


 あの人と最後に会った時、何と言葉を交わしたのだろう。

 親しい友人だったとしても、日常に紛れてしまうと最後の瞬間が朧げになる。

 本を読みながら、そんなことが浮かんできた。


 細かいことは気にならないのか、思いが及ばないのか、具体的なことが省かれた小説だ。

 段落ごとに1行空く、独特なリズムのせいもある。 

 読んでいる間、雑念がするりと入ってしまい、ストーリーとは関係のないことが次から次へと頭の中に浮かんでくる。

 自分だけの物語を同時に進行させてしまう。


 カバーの白い背景は、自由に発想できる余地を生む。

 読む人によって、頭に浮かぶ情景は違うのだろう。

 年月を経て再度読み直してみたら、ぼくは何を思うのだろうか。


 写真は井上佐由紀氏、装丁は名久井直子氏。(2020)




寿町のひとびと

2020-12-06 11:34:31 | 読書
 山田清機『寿町のひとびと』




 
 寿町の中を足早に通り過ぎるとき、ほかの町とは違う空気に気づく。

 それは、昼間から営業している飲み屋のせいなのか、道端に座り込む人のせいなのか。それとも、ここがドヤ街で、得体の知れない場所だという偏見からくる気のせいなのか。

 
 ノンフィクションライターの著者は、横浜の寿町を取材しようと訪れたのに、最初の頃は数十分しかいられなかったらしい。

 冒頭でそんな話を読むと、360ページほどの分厚いこの本が、さらに重く感じられてくる。

 数多くの人が登場する。

 寿町の簡易宿泊所に暮らす人、学童保育の指導員、子どもの頃からこの町で暮らす人、簡易宿泊所の管理人、ホームレスの支援をするNPO法人、角打ちの店主、高齢者ホームの代表、教会の牧師、交番の元警察官。

 彼らの話は、寿町だけでなく横浜のかつての熱を連れてくる。

 点と点はやがて層になり、時代を町をホログラムのように浮かび上がらせる。

 この本に収めきれなかった物語もたくさんあるはずだ。


 寿町は怖いところではない。けれども、一番活気に溢れ怖かった時代を見てみたかったという思いも生まれる。

 今度寿町を通り抜けるときには、少しだけ歩を緩められそうだ。


 装丁は吉田孝宏氏。(2020)