フィリップ・フォレスト『洪水』
真っ白な背景の中央に、鉄筋の飛び出たコンクリートの破片がある。傍らには割れたガラス、さらに注意してみると、それらは水に浸かっているのがわかる。
カバーの写真は、何か悲劇的な事が起こった後のように見えるのだが、あまりに全体が美しくて、束の間、夢見心地になる。
しかし、白く消している背景には、実は目を背けたくなるような恐ろしい光景が広がっているのかもしれない。
あの人と最後に会った時、何と言葉を交わしたのだろう。
親しい友人だったとしても、日常に紛れてしまうと最後の瞬間が朧げになる。
本を読みながら、そんなことが浮かんできた。
細かいことは気にならないのか、思いが及ばないのか、具体的なことが省かれた小説だ。
段落ごとに1行空く、独特なリズムのせいもある。
読んでいる間、雑念がするりと入ってしまい、ストーリーとは関係のないことが次から次へと頭の中に浮かんでくる。
自分だけの物語を同時に進行させてしまう。
カバーの白い背景は、自由に発想できる余地を生む。
読む人によって、頭に浮かぶ情景は違うのだろう。
年月を経て再度読み直してみたら、ぼくは何を思うのだろうか。
写真は井上佐由紀氏、装丁は名久井直子氏。(2020)