ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

編集者とタブレット

2022-04-26 19:05:21 | 読書
 ポール・フルネル『編集者とタブレット』



 表紙には、ソファに座りタブレットを眺める女性のイラスト。

 これが小説の世界を表しているものと思って読み進めたが、主人公はおじさん!


 イラストは、ジャン・オノレ・フラゴナールの「読書する娘」を現代風にアレンジしたもの。

 あどけない表情の少女が成長し、紙の本をタブレットに持ち替えて読書をしている。タブレットを持つ指先の形は、少女の頃と同じ。


 物語は、ベテラン編集者が仕事用にiPadを与えられるところから始まる。読むべき原稿がここにすべて収められている。

 タブレットとの最初の遭遇シーンがいい。

 黒い外見を眺め、書類鞄のように振り回せないと思い、瀟洒なハイテク製品のようでもなく、スウェーデン家具のようでもないと感じる。そして頬をくっつけてみる。

 「ひんやりと冷たく、音もたてず、皺も寄らず、よだれが染み込むこともない」

 気に入ったのかと思いきや、サイズについて不満を漏らす。

 気に入ったり戸惑ったりしながらタブレットと付き合っていく。

 外に持って出る様子は、まるでペットを連れているかのような描写になる。


 タブレットを便利に使いながらも、紙の本を読む方が好きという気持ちはよくわかる。

 遠くない未来、電子の本ばかりになるとしたら、紙の本を気軽に手にできる今の状況は貴重だ。

 そんな過渡期に生きていることを幸せと思いたい。


 装画は柳智之氏、装丁は岡本洋平氏。(2022)


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象の旅

2022-04-17 12:13:09 | 読書
 ジョゼ・サラマーゴ『象の旅』



 ちょっと古めかしい雰囲気のカバー。

 黄ばんだ紙に描かれたイラストは、象遣いが背に乗ったアジア象が楽しそうに走っている姿。

 17世紀にムガル帝国で描かれた作者不詳の絵らしい。


 読み始めてすぐに気づくのは、会話が「 」で括られず地の文と一体になっていること。この独特なリズムで物語に引き込こまれる。ただし、改行が少ないので、気を抜くと話者を見失う。

 ときどき、合間に著者の言葉が挟まれる。

 「~読者諸賢にはご承知おきいただきたい」のように。

 声に出して読んでみると、落語でも聞いているかのような気分になってくる。

 語られているのは、史実に基づいた、象をリスボンからウィーンへ歩いて連れていく1551年の旅。

 雪の中アルプスの山を越えるなど、そんなバカなという話に、著者のユーモアが加味され、困難な旅に楽しい色がつく。


 物語の中心になるのは象遣い。

 象とともにインドからポルトガルへやってきた彼は、人々の熱が冷めたあと忘れられ、まるで浮浪者のような風体で象の世話を続けていた。

 それが突然、国王の思いつきで象がオーストリア大公へ贈られることが決まると、華麗な衣装を纏わせられる。

 オーストリアへ着いたら、別の象遣いに引き継がれ、失職するのではと不安を抱えつつ旅を続ける。

 象の気持ちはなかなか見えないが、象遣いが象をどれだけ理解し愛情を持っているかは何度も語られる。

 そんな象遣いを象が信頼していることを、カバーの絵が示しているようだ。


 装丁は成原亜美氏。(2022)


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異常

2022-04-09 13:14:39 | 読書
 エルヴェ・ル・テリエ『異常』



 顔のない黒いマネキンが、隣りのマネキンの首を絞めようとしている。

 カバーの写真、と思ったら3DCGのイラスト。


 帯を外して見ると、2体は同じ服装。

 双子のように見える。

 どことなく恐ろしく感じるのは、このわからない状況に加え「アノマリー 異常」というタイトルが目に入るからだろうか。

 整然と並べられたタイトル、著者名、翻訳者名、フランス語タイトル、出版社名が、特異な状況を傍観しているようで、表紙を眺めていると落ち着かない。


 物語は、複数の人物の日常を描写し並べている。

 相互に関係はなさそうだし、特に変わった人はいない。殺し屋以外は。

 それぞれ最初に日付が入っているのが気になり注意してみたが、どんな意味があるのかつかめない。

 
 異常は、突然現れる。


 日付の意味、カバーの双子に見えた2体の謎がわかる。

 あまりに異常な事態なため右往左往する人びと。

 そんな状況下でも、愛する気持ちは揺るがない人たち。

 老齢の男性が若い女性に恋をし、悲しい結果になるとわかっているのに心が折れない姿は哀愁を誘うが、異常な世界をものともしない強さも感じる。


 装画はPOOL氏、装丁は早川書房デザイン室。(2022)


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