原田マハ『リーチ先生』
ハードカバーの本を買い、読まずにいるうちにその文庫本が出てしまうと悔しい。
文庫用にデザインが一新されていればまだいいが、まったく同じ装丁だと少しがっかりする。
書店で、平積みされた『リーチ先生』の文庫本を見つけた時も同じ。
大事にしすぎて食べ頃を逸した、高級マンゴーを前にしているような気分。
すぐに分厚く重い本を棚から出した。
カバーは、明るい赤い地に、四角く窓が切り取られている。
その中に描かれた素朴な動植物と、古い雰囲気の書体。
全体に、リーチ先生が生きた、1920年代に存在したであろう書籍を思わせる。
タイトルの「リーチ先生」とは、バーナード・リーチのこと。
名前は知っているが、その人生は、ほとんど知らない。
民藝運動とどんな関わりがあったのか、そんな興味を持って読み始めた。
小説という形を取っているので、多少の脚色はあるだろうと思っていた。
記録に残っていない会話、日常の些細な出来事、それに対する思い。
作家の想像力がそこに注がれる。
ところが、読んでいる途中で気になったことがあり、調べた事実に愕然とした。
この小説の中で中心人物の一人、リーチ先生の弟子が、実在しないらしいのだ。
固いコンクリート造りだと思っていた橋が、砂で造られていたと知らされたほどの衝撃だ。
この小説は、どこまで信じていいのだろう。
ただ、歴史的事実を確認しようなど考えず、気楽に読むには面白い。
悪人が登場せず、師弟愛は涙を誘うのだから。
装丁、装画は佐藤直樹氏。(2019)