ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ダイング・アニマル

2020-05-29 22:00:48 | 読書
フィリップ・ロス『ダイング・アニマル』




 150ページほどの薄い本。

 表紙にはぼんやりとした模様が入っていて、帯を外して初めてそれが女性の裸の臀部だとわかる。

 こんな写真を使うのは、エロティックな描写があるからだ。


 文化批評家のケペシュ氏は、大学でクラスを持つ62歳。テレビ出演もする彼の知的な授業は、多くの女子学生を魅了していた。

 ケペシュ氏は、教師と教え子の関係でなくなったあと、彼女たちと性的な関係を持つ。それは何年も、何人も続いている。

 そんな手練れでありながら、キューバ人の24歳の女性コンスエラと関係を持ったあと、彼女に夢中になってしまう。
 

 ここまで書いて、この小説の魅力がまったく伝わらないことに気づいた。この短い小説には、無駄な箇所がない。細かい部分にも全体を形作る重要な要素があって、それを書いていくと100ページを越えてしまう。


 ポルノまがいの描写がある。

 扇情的な表現で、読む者を興奮させるのがポルノの目的であるならば、この小説は十分ポルノ的ともいえる。

 ケペシュ氏は冷静に、若い女性の身体と性行為を事細かく描写する。
 

 ケペシュ氏は、自分の息子がガールフレンドを妊娠させてしまったとき、身勝手な理屈を並べ、責任を取るなと説得した。

 なんという男だろう。女性と真剣に向き合わない関係を、息子にも押し付けようとするとは。

 決してケペシュ氏は女性を騙しているわけではない。何らかの罪があるわけでもない。だからケペシュ氏が断罪される理由はないのだが、コンスエラのことが頭から離れなくなり、まるで霊に取り憑かれてしまったように弱っていく姿を見せると、それは罰ではないのかと思ってしまう。

 女性からすれば虫酸が走る存在かもしれない。でも老齢の男性から見れば羨ましい部分があるに違いない。

 どちらにしても、最後は可哀想に。


 装丁は米谷耕二氏。(2020)




単純な生活

2020-05-15 16:44:22 | 読書
阿部 昭『単純な生活』




 グレーと黄色、紺の太い線が引かれた表紙。

 この表紙は美しい方だ。

 小学館のP+D BOOKSというシリーズは、さまざまな色の線を組み合わせた独特なデザイン。

 タイトルの1文字が1つの線に入るように、線の数が増減する。線の色は、毒々しかったり、とても地味だったりと、想像の範囲を超えた組み合わせだ。

 小学館のサイトに、すべての本の表紙が載っているので、見ていると楽しい。

 
 いまから40年ほど前、阿部 昭は日常を綴ったエッセイを、雑誌に連載していた。それを1冊にまとめたものがこの本だ。

 40代後半の2年半。自身は歳をとったと実感し、子どもは成長し家を離れていく。

 たいしたことは書かれていない。

 猫を3匹飼っていて、仕事をしていると邪魔をする、原稿の上にフンをしたとか。

 天気がいいので仕事を放り出し、鎌倉までバスで行くと、古本屋の店先に自分の本が300円で売られていて、思わず買ってしまいそうになる話とか。

 40年前と聞くと大昔のように思うが、不思議と今の出来事のように読める部分が多い。

 毎月雑誌で、この人の文章を読めたら楽しかっただろうと思う。

 1日1編ずつ、103日かけてこの本を読んでも良かったかもしれない。

 たいしたことは起きていない。

 でも飽きない。

 阿部 昭だからこそ書ける単純な生活なのだ。

 蛇足ながら、この数年後、54歳で著者が亡くなったことを知ると、何気ない日常が、より愛おしく感じられる。


 装丁はおおうちおさむ氏。(2020)

どこか、安心できる場所で

2020-05-01 17:43:11 | 読書
パオロ・コニェッティ他『どこか、安心できる場所で』





 表紙に描かれているのは、深い海を泳ぐクジラとダイバーの姿。

 白と青とグレーの清潔な表紙だ。

 白抜きで置かれたタイトル「どこか、安心できる場所で」を見て、海の近くの、ゆったりとくつろげる場所のことかと思ってしまっても仕方がないだろう。

 サブタイトルの「新しいイタリアの文学」から、地中海を思い浮かべるのも自然なことだと思う。

 でも、そんなに爽やかな物語ではない。


 13人の作家による、今のイタリアを書いた短編集。

 おそらく膨大な数の作品の中から選ばれたのだろうが、意図せず孤独感が浮かび上がってきたように、ぼくには感じられた。

 大家族をイメージさせるイタリアだが、この孤立した感じが、今のイタリアなのかもしれない。

 孤独を感じるとき、人の孤独感に敏感になり、そんな姿を見ることで、自分と同じような人がいると、孤独の辛さが少しは楽になることもある。

 そんな弱った心に染み込み話がいくつもある。


 ダリオ・ヴォルトリーニの『エリザベス』は、ある男が、夜に家の前を通りかかった女性を見かけるところから始まる。

 お腹を痛そうに押さえているその女性は、黒人で、おそらくアフリカから来た移民、あるいは不法滞在者だ。

 病院へ行きたがらない女性を説得し、男は車で病院まで彼女を送っていく。

 診察室に消えた彼女を、男は通路の椅子に座って待つ。

 夜は更けていく。

 見ず知らずの女性を、状況もわからず待つことに、男はだんだん苛立っていく。

 しかし「最新の意識を持つイタリア人の義務感だ」と男は思うのだ。

 これはどういうことだろう。

 移民を排除するのではなく、受け入れることを指しているのだろうか。

 苛立ちながらも、男は正しいことをしていると感じている。

 そして、無事2人は再会する。

 最後の一行に、彼女が辿ってきた辛い経験が見えた気がする。

  
 装画はアレッサンドロ・サンナ氏、装丁は山田英春氏。(2020)