ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

ブッチャー・ボーイ

2022-03-29 16:20:12 | 読書
 パトリック・マッケイブ『ブッチャー・ボーイ』



 「いまから二十年か三十年か四十年くらいまえ、ぼくがまだほんの子どもだったときのこと」で物語は始まる。

 この言い方から、これから語られることが、いかにいい加減で信用がおけないものかが推察される。

 すでに中年になったフランシーが、少年時代のことを思い出している形。

 しかし思考は子どものまま。

 現実の出来事の合間に、フランシーの空想が混じるため、靄がかかったような世界だ。

 辻褄の合わないことが表れる。

 少し慎重に読んでみる。

 フランシーの行動は、ぼくには理解できないことが多く、それらは妄想なのだろうと思ってしまうが、実際に行われたことらしいと見当がつくと動揺する。

 時折、句読点のない文章が挟まれる。

 学校へ行くことをやめてしまったフランシーの、学力の低さを思うが、同時に切羽詰まった気持ちも感じられる。

 句読点がなくても読みやすいのは、翻訳の良さだろう。

 フランシーは哀れで同情されるべき子どもなのか。

 こんな怪物のような人間にしたのは、誰なのか。

 
 装画はsanoooo氏、装丁は森敬太氏。(2022)



アリスが語らないことは

2022-03-21 11:06:26 | 読書
 ピーター・スワンソン『アリスが語らないことは』



 書店で表紙を見たとき、ピーター・スワンソンの新刊だとわかった。

 アンティーク調の明朝体で、表紙の左右いっぱいに広げられているタイトルは記憶に残る。

 創元推理文庫の『そしてミランダを殺す』『ケイトが恐れるすべて』に共通する文字組み。


 アリスの現在と過去の生活が、交互に書かれている。

 アリスの夫が岸壁から落ちて亡くなり、離れて暮らす先妻の息子に連絡を取るところから始まる。

 事故だと思われていたが、やがて殺人の疑いが出てくる。

 一方、過去のアリスは10代。

 中年になった現在の彼女とは、違う人物なのではと思うくらい共通点が見えない。

 大きく成長していく時期と、経験を積んで落ち着いた大人になった姿が異なるのは珍しいことではない。

 ただこの小説に漂うきな臭さは、その変化の過程にあるように感じてしまう。

 夫を殺したようには見えないアリスが語らないことは何なのか。

 息子ハリーが、美しい継母に魅力を感じながらも、情欲に身をまかせず、父の死の真相を探る。

 大学を卒業したタイミングで頼る父を失くした彼は、将来の姿をうまく描けないでいる。手探りで行動しながら、やがて明らかになっていく事実に立ち向かっていく。


 過去の行動は現在に繋がっている。悪行は繰り返されるのか、それとも断ち切れるのか。


 装丁は鈴木久美氏。(2022)



サワー・ハート

2022-03-12 12:18:29 | 読書
 ジェニー・ザン『サワー・ハート』




 カバーの紙は、半透明のトレーシングペーパー。

 イラストの間に、表紙の蛍光イエローの文字が薄く見えていて、印刷が裏写りしたのかと思ってしまう。

 こんな薄い紙で破れないだろうかと心配しながら読み続けていたが、実は丈夫な紙なのだ。


 紙の軽さと、ポップなイラストとは違って、中の小説はハードだ。

 7つの短編は、中国からアメリカへ移住をした家族の話。

 どれも子どもの視点で貧乏な生活が断片的に描かれ、似た印象を受ける。

 著者自身の子ども時代を投影したように感じられる。


 最初の「ウィ・ラブ・ユー・クリスピーナ」は、貧困の度合いが想像を越えていて、本の重量が増したように感じた。

 計画性のない両親には、この生活から抜け出す希望が本当にあるのだろうか。

 英語がまだ十分話せない子どもには、学校は居心地が悪い。

 両親と一緒にいることだけが救いなのに、祖父母が暮らす上海へ送られようとしている。

 子どもゆえ、自分では何一つ解決のできない無力。

 この子と同じ経験はしていないが、子どもの頃に抱いた絶望感、辛さを思い出してしまう。


 装画はAki Ishibashi氏、装丁は森敬太氏。(2022)