ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

個人的な問題

2021-12-26 10:47:25 | 読書
 ペッペ・フェノーリオ『個人的な問題』




 第二次世界大戦中、イタリアでパルチザンとして戦う青年の話。

 とはいえ、勇猛果敢な戦闘の話ではない。

 敵に隠れて移動している最中、かつて訪れたことのある建物を目にしたミルトンは、そこで過ごした平和な日々を思い出し、つい立ち寄る。

 そこは、美しい少女フルヴィアが疎開してきた別荘。

 幼馴染のジョルジョに彼女を紹介されたミルトンは、彼女と恋仲になったと勘違いする。

 16歳の少女には、醜く猫背のミルトンより、裕福でお洒落、美男子のジョルジョの方が魅力的だろう。

 フルヴィアとジョルジョが楽しげに踊るとき、ミルトンは決して踊らずレコードを替える役に徹する。

 そんな彼にフルヴィアは「頑張って、機械係!」と声をかける。

 彼女が好きなのは、友人の方だと気づくべきだ。

 ところが、別荘の管理人に2人は付き合っていたようだと聞くと、ミルトンはいてもたっていられず、別の部隊にいるジョルジョに真相を確かめるべく会いに行く。

 
 物語の大半は、ジョルジョを探すミルトンの、危険で混乱した道のりだ。

 霧深い山岳地帯は、不意に敵に出くわすかもしれない。

 パルチザンがいかに苦しい戦いをしていたのかがわかるが、その中で死にそうになりがらも、あまりにも個人的なことで動き回るミルトンが、哀れで滑稽に見えてくる。


 装丁は鈴木一誌氏。(2021)

6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む

2021-12-20 17:14:01 | 読書
 ジャン=ポール・ディディエローラン『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』




 エッフェル塔の足元から朝日が上る。

 太陽は、高架を走るメトロの先頭車両と重なり、素晴らしい1日が始まる予感に満ちる。

 美しいカバーの写真。

 読み進めると、長いタイトルから想像した世界とは、かなり様子の違う物語だとわかる。

 朝の通勤電車の中で、仕事前のひとときを一人楽しむ姿を思い浮かべたのだが、それが黙読ではなく音読だとは。

 周囲の乗客が、主人公ギレンのその声を心待ちにしているあたりから、ファンタジーの匂いがしてくる。


 ギレンが通う工場では、本の断裁をしている。

 まるで生き物のような恐ろしい破壊機。

 嫌いな上司と横柄な後輩から離れ、ギレンが束の間の安息を得られるのは、読書をする守衛の隣でランチをとること。

 戯曲好きの守衛は、演劇の台詞のように話すちょっと変わった人。

 少し変わった人は、そのあとも次々と出てきて、夢を見ているような空間を作り出していく。

 わずかに角度を変えて眺めると、それは明るく綺麗な色に溢れた日常だと気づく。

 もしかしたら、ぼくの単調な毎日も、ファンタジーになるのかもしれない。


 写真はJulien FROMENTIN、装丁はbookwall。(2021)



エルサレム

2021-12-12 11:12:27 | 読書
 ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』





 午前4時、腹部全体の激しい痛みで一睡もできない女性は、教会を目指して家を出る。

 たどり着いた教会では、下働きの男に「みんな眠っている、帰りなさい」と拒絶される。

 彼女は治癒の見込みのない病気に侵されている。

 痛みは増すが、同時に空腹も感じる。

 こんなに空腹なのに死ぬことはないと喜ぶが、路上で失神する。


 つかみどころのない空気に満ちた小説だ。

 時間が前後した書き方をしているためもある。

 美しい患者に恋をする若い医師。

 統合失調症だと言うその患者。

 多くの死体が並ぶ強制収容所の写真に見入る医師。

 戦場から戻ってきた男は銃を持ち歩いている。

 足に障害のある少年が、夜中に父を探して外へ出る。


 どこもかしこも、油断できないアンバランスな場所に立っているようで、すぐ隣には険悪な場面が広がっている気がしてならない。

 この世界に善はないのか、愛はないのか。

 気分重く本を閉じる。


 装画は小林希史氏、装丁は仁木順平氏。(2021)



東京の古本屋

2021-12-04 14:30:28 | 読書
 橋本倫史『東京の古本屋』



 何年か経って2020年を振り返るとき、記憶に残る一番大きな出来事は、新型コロナに関連したことだろう。

 店がどこも開いていなかった、誰にも会わなかった、ずっと家にいた。

 そのとき古本屋はどうしていたのだろう。

 
 東京に緊急事態宣言が発出されたとき、古本屋は休業要請の対象だった。


 2019年末から2021年夏まで、10軒の古本屋を訪ねた記録。

 それぞれ3日間、著書はスタッフの一員となって働きながら話を聞く。


 古本屋には、本を読んでのんびり1日が過ごせる仕事という幻想を抱いてしまう。

 そんな安易な考えが打ち砕かれる。

 本を仕入れなくてはいけないし、汚れを落とし、それを売らなくては生活できない。

 コロナ渦でも、シャッターの下りた店の奥で、ネット販売用に入力を続ける店主がいた。


 カバーは、暗い通りの中で灯りのともった古本屋の写真。

 ふらっと立ち寄るように、つい手に取ってしまった本。

 口絵と本文にも写真が豊富に入っている。

 あの頃、この人たちはマスクをしながら働いていたのだ。

 少しいびつな日常であっても、変わらず人がいることに安心する。


 カバー写真は著者、装丁は川名潤氏。(2021)