ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

靴ひも

2020-03-27 17:57:44 | 読書
 ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』





 表紙のイラストは、綺麗な色使いで、一見楽しげに映る。

 けれども、よく見ると、家族と思われる4人は、バラバラな方向を見つめていて、冷たさが伝わってくる。

 
 3部からなる夫婦と子ども2人の物語。

 最初は、妻のモノローグから始まる。

 狂気をはらんでいるように感じられ、先行きが不安だ。その原因は夫にあると示唆される。
 
 次に夫の視点になる。

 先の妻の語りとは時代が異なっていて、夫婦関係は良好に見える。

 ただ、妻を狂気の淵に追い込んだ原因が、解決されたのかどうか不明だ。そこに老人の曖昧さが加わって、不安に取り巻かれている。

 そして最後に子どもたちの視点。

 子どもとはいえ、すでに50歳に届く年齢になっている。それなのに、甘えた幼子のような考え方をする。

 母の狂気、父の身勝手を受け継いだ子どもたち。


 お互いを思いやることがない家族。

 そんな心の離れた家族を、靴ひもにまつわるエピソードがひとつにつなげる。

 しかし、つながるとは、一体どういうことを言うのだろう。

 血のつながりなのか。

 一緒に住むからつながるのか。

 相手のことを、憎みながらも考え続けることが、つながっていると言うのだろうか。

 
 家族とはなんと面倒な関係なのだろう。

 面倒だからといって、簡単に断ち切れないのが家族で、だからさらにややこしくなるのだ。


 装画は都築まゆ美氏。(2020)



蜩の声

2020-03-16 18:27:56 | 読書
 古井由吉『蜩の声』





 古井氏が亡くなった。

 未読だった本を手に取った。


 8つの短編集。

 最初の1編。

 この感じ、なんだか落語のようだ。

 「聞いて、ねえ、聞いてよ、」と始まり、一息に7行、歯切れよく語られるそのリズムに、惚れ惚れする。

 次の1編。

 これは、エッセイだろうか。

 「背後からつぶやきがもれた。」

 突然、小説の様相を帯びる。

 しかしその後も、現実と小説の間を漂いながら、生と死について語り続ける。

 表題作『蜩の声』。

 家のテラスの表は霧の籬(まがき)とあり、山深い一軒家に住んでいるのかと思いきや古いマンションで、改修工事のため、外壁が白い幕で覆われている。

 古井氏本人と思しき老齢の作家が住んでいる。

 工事の、壁を穿つドリルの音から、子供の頃に聞いた都電の音、襖一枚隔てた隣人の声、町工場の音へと流れていく。

 漂う感覚が心地良い。

 いまどこにいるのだろう。

 テラスの椅子に座っていたのではなかったか。

 さらに、合間に挟まれる誰か、知人の言葉、体験が、ぼくの混乱を広げる。

 ときおり、白い幕の中にいることを思い出させてくれるのだが、外界との境がぼんやりしているのを、さらに感じさせる。

 突如、すぐ外から響く蜩の声に、幼年の経験からくる異臭を思い出し、戦時中に見た取り壊されていく家屋、崩れ落ちるときの  轟音  埃  後の静まり返り  幼年の記憶の中に、ぼくは取り残される。


 装丁は菊地信義氏。(2020)



極北

2020-03-07 10:51:04 | 読書
マーセル・セロー『極北』





 新型コロナウイルスの感染が日々広がり、収束する兆しがない。

 気づいていないだけで、これは文明社会が破滅していく序章なのかもしれない。

 タイミングよく『極北』を読んでしまったせいで、やや悲観的な未来を、現実のものとして容易に想像できてしまう。

 この小説は、現在の人類に警鐘を鳴らすようなものではなくて、あくまでも娯楽として書かれているはずなのに。

 
 近未来の、文明が崩壊した後の世界を描いている。

 主人公メイクピースは、幼い頃両親に連れられ、辺境の地へ開拓者として移住してきたため、高度に発達した社会を知らない。

 徐々に暴力が支配する社会に変わっていく中で、冷静に、自分の力で生活をしている。

 そこへ、未知の文明の断片が飛び込んでくる。

 希望を抱き、もっと素晴らしい世界があるものと旅に出る。


 物語は、期待通りには進んでくれない。

 そこに戸惑い、驚く。

 実際の生活も、同じようなものだろう。

 思ったとおりにいかず、必ずしも望んだ道を歩いているわけではない。

 
 現在の、その実社会を振り返ってみると、短期間のうちに、想像以上に便利になったことが多いのだが、不思議なことに満足かというと、そうでもない。

 新しいものへの渇望は常にあるのに、古いものの中に何かを置き忘れてきているような感覚が残る。


 森の中で自給自足の生活はできないが、少しだけ時を戻すような、気持ちのバランスが取れる生活はできないものか。

 メイクピースがたどる道に、暖かな希望を感じるのは、そんな心の奥にある不確かなものと同調するからだろう。

 
 装画は高山裕子氏、装丁は坂川栄治氏+鳴田小夜子氏。(2020)