ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

私たち異者は

2019-10-25 18:17:57 | 読書
スティーヴン・ミルハウザー『私たち異者は』




 この本の異質な雰囲気は、本を開く前から感じられる。

 カバーには、誰も座っていない肱掛け椅子のイラスト。

 椅子というのは、不思議と人の気配をはらむもので、人の姿がないのに、誰かがいる、またはいた感じが強い。

 さらに、ピンクの帯が、青がかった緑色のカバーにしっくりこない。

 表紙を開くと、見返しに帯と同じ紙が使われていて、何かにつきまとわれているような、先回りされたような気分になる。

 とはいっても、このカバーと帯の組み合わせが、ありえないというわけではない。

 言葉にできないモヤモヤしたものが、漂っているのだ。

 もしかしたら、『私たち異者は』というタイトルと、その手書きの文字に、ぼくは翻弄されているのかもしれない。


 本のタイトルになっている「私たち異者は」は、7つの短編のひとつ。

 ほかの6編には、異者という言葉は使われていない。

 異者とは、ここでは幽霊をさしているが、単に人ではない者、どこか違う者ととらえるならば、ほかにも異者の物語はある。

 さらに異者を異質と広げるのならば、7編すべてがそうだろう。

 異質なものに接しているモヤモヤした感じは、最後まで離れない。


 装丁は緒方修一氏、装画は手塚リサ氏。(2019)

ある一生

2019-10-18 17:36:43 | 読書
ローベルト・ゼーターラー『ある一生』





 冠雪した山と、山小屋、緩い斜面を杖を手にして歩く老齢の男性。

 表紙のイラストからは、雪山の楽しさではなく、厳しさがかすかに感じられる。

 帯に「アルプスの山」とあるのを見て、ハイジのおじいさんが一瞬浮かんだ。

 アニメの印象を引きずったまま読み始めてすぐに、これはまったく違うのだと知る。短絡的な発想を恥じる。


 アンドレアス・エッガーは、ひたすら耐える。

 読む者に同情させず、黙々と苦難を乗り越える。

 ひどい人生だったのか。

 それとも満ち足りた人生だったのか。

 その判断は、傍らで見ている人間にはできないことなのだ。

 ただ生きるために生きる。

 そんな人生を前にしたら、どんな言葉も、力なく消えてしまう。


 イラストは野田あい氏。(2019)




名もなき人たちのテーブル

2019-10-11 15:20:32 | 読書
マイケル・オンダーチェ『名もなき人たちのテーブル』




 ターコイズブルーの紙が美しいカバーは、書店の棚で目を引いた。

 表紙には、金色のタイトル、著者名と、重厚な雰囲気の客船のイラストが慎ましく置かれている。

 静かな物語の始まりを思わせる。

 読み進めるうちに、カバーは地中海の色だろうと気づく。

 1954年、スリランカからイギリスへ3週間の船旅。

 語り手は、当時11歳の少年。

 離婚した母のもとへ、一緒に暮らすため、一人で向かうのだ。

 身を寄せていた親戚から放り出されたように見え、しかも長らく会っていない母との再会には、漠然とした不安しかない。

 そんな彼は、幸いにも船で同じ年頃の少年二人と仲良くなり、毎日を小さな冒険で満たしていく。

 船中で出会うさまざまな人たちに、子どもらしい興味の持ち方で接していく彼らの姿は楽しい。

 ところが、読み進むうちに、不意に大人になっている現在の話が挿入されると、戸惑う。

 幼い頃の一時期が、いっそうキラキラ輝いて見えるのと同時に、それは子どもで理解できていなかったことがあるからだと気づかされる。

 時代を行きつ戻りつしながら、少しずつ明らかになっていく事実、想いに、深いため息をつきたくなる。


 表紙にある原題『THE CAT’S TABLE』の、アポストロフィと後ろのSの間が、不自然に空いているのが気になっていた。

 あえて空けているのだとしたら、「S」を孤立させるため。

 常に一人だということなのか、いずれは誰かと共になるという暗示なのか。


 装丁は水崎真奈美氏。(2019)