ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

アルジェリア、シャラ通りの小さな書店

2021-09-26 15:28:30 | 読書
 カウテル・アディミ『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』



 丘の中腹に建つ日干しレンガの建物の向こうに、青い海が見える。

 腰高の塀に沿った道からは、街並みが見下ろせる。

 カバーの絵は、アルベール・マルケの美しい油彩。

 この街のどこかに「シャラ通りの小さな書店」はあったのだろうか。


 1930年代、フランス領アルジェリアで、21歳のエドモン・シャルロは、出版も行う小さな書店を開いた。

 シャルロは実在した人物。

 この小説は、彼の手帳から文章を抜き出すという形をとっている。

 そこには、多くの作家たちと交流し、新しいアイデアを次々と出していくシャルロの姿があり、彼の文学、出版にかける熱い気持ちが伝わってくる。

 それと同時に、80年後、現在の書店の状況も語られる。

 書店は主人を失い、揚げ物屋に改装することが決まっており、本を廃棄するため、20歳の大学生がパリから送られてくる。

 本を読まない若者。

 かつてここで本を出版したカミュや、書店に名前を提供したジャン・ジオノに興味はないのだろう。

 何もなくなってしまった現在の書店が特に寂しく感じられるのは、出版、本の衰退を見せられた感じがするからだ。

 戦争による紙不足の中でも、なんとか出版を続けようと奮闘したシャルロの思いは、きっと同時代の出版人に共通する気持ちでもあったはずだ。

 物資の不足がない現代なのに、燃えたぎる熱い思いがないのは、なんとももったいないことだと、ぼくは反省するのだ。


 装丁は水崎真奈美氏。(2020)



身内のよんどころない事情により

2021-09-18 10:36:35 | 読書
 ペーター・テリン『身内のよんどころない事情により』




 カバーの絵は、男2人の後ろ姿。

 ルネ・マグリット「不許複製」で、帯がついていると気づかないが、取るとわかる。

 この絵は「何か変」だ。
 

 この小説も「何か変」だ。

 読み間違えたのか? と感じる程度のちょっとしたこと。それが何度か繰り返され、確信に変わる。やっぱり変だ。

 この著者の企みは、不安を呼ぶ。

 まるで、地図を持たずに見知らぬ街を彷徨っている気分。

 ガイドが欲しくなる。

 読後、案内所へ駆け込むように解説へ向かう。

 解明されない謎にヒントをもらう。

 著者の意図したことを、半分も読み取れていなかったことに驚く。

 もう一度最初から読んでみる。

 解説を読んでいないとわからなかったことが見えてくる。

 手間のかかる読書。

 でも、最初に読んで感じたことだけで、実は満足している。

 十分面白く、心に残る。

 著者の策略は、ぼくにはたいして関係ない。


 装丁は新潮社装幀室。(2021)



消失の惑星

2021-09-05 22:29:17 | 読書
 ジュリア・フィリップス『消失の惑星』




 手に取ったときの、カバーの細かな凹凸が手に馴染んで心地よい。

 表紙には、こちらを向きつつ立ち去ろうとしている女性の写真があり、白い縁で顔が半分隠れている。どこかへ消えてしまいそうな予感がするのは、タイトルが『消失』だからだろう。

 好きな人が離れていくようなラブストーリーを想像したのだったが。


 八月から翌年の七月まで、13編の物語が続いている。

 最初は気づかなかったが、ジグソーパズルのように、物語と物語が結びついている。

 人は誰かの子供であると同時に親でもあり、誰かの友人でもある。そんなさまざまな側面を見せることで、パズルは立体的になっていく。


 舞台はカムチャッカ半島のいくつかの街。

 ユーラシア大陸の一部なのに、山脈が陸路を閉ざし、大陸の街へ出るには飛行機か船を使わないとたどり着けない。

 そこでは、ロシア人と先住民たちが、お互いに偏見を抱えたまま生活していて、登場人物たちの鬱屈感がゆっくりと伝わってくる。

 これほどまでにカムチャッカ半島の生活を知らなかったのかと驚く。


 事件は最初に提示される。

 その暗い出来事が、人々の日常に影を落としている。

 事件は解決されるのか、それとも風化していくのか。なかば絶望的な気分に覆われつつ読み進める。

 読後は、物語の構成と展開の見事さに、なんとも言えない虚脱感に包まれる。

 愛の物語には違いない。


 写真はIgor Ustynskyy氏、装丁は早川書房デザイン室。(2021)