ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

鷲の巣

2020-04-20 19:11:34 | 読書
アンナ・カヴァン『鷲の巣』





 白っぽい表紙とグレーの帯には、さまざまな文字が刷り込まれている。

 雑然としていて、どこに気持ちを集中させたらいいのか、つかみどころがない。

 アンナ・カヴァンの本だと知っているので、それもしかたがないと、文字を追いかけるのをやめる。

 まずは本文を読んでからだ。


 デパートの広告デザイナーとして働いている男は、労働環境の悪さから転職を考えている。

 新聞の求人欄に、以前世話になった人物の名前を見つけ、応募の手紙を送る。

 好意的なメッセージを受け取ると、仕事を放り出し、手持ちのお金をほとんど使い切って旅費を捻出して、その〈管理者〉の元へ向かう。


 男の言動には、情緒不安定な影が見える。

 男を取り巻く人たちも、一風変わっていて、男どころか、読んでいるぼくをも不安な気持ちにさせる。

 さらに男には、幻覚を見る癖があり、読んでいることが現実なのかはっきりしない。

 〈管理者〉の住む〈鷲の巣〉と呼ばれる要塞のような建造物の中で、男は無為に日々を過ごす。

 仕事をしたいと焦る男の気持ちが、周囲との衝突を生み、状況はますます混乱していく。

 そして、すべてのことが行き詰まった男は…。


 読後、この物語は? と絶句する。

 必死さに、ぼくは悲しくなってくる。


 装丁(書容設計)は羽良田平吉氏。(2020)



2020-04-18 16:05:17 | 読書
 アンナ・カヴァン『氷』





 ちくま文庫の表紙は、周囲を白く縁取り、中には果てしない闇がある。

 その真ん中に白抜きのタイトル。

 冷たい水面に浮かぶ氷のようで、触れなくともその冷気が伝わってくる。

 見続けると、吸い込まれ、水中を漂うような感覚になる。

 このシンプルさが、この本の表紙にはふさわしい。

 読後、強くそう思うようになってくる。


 説明することのできないストーリーだ。

 読書は、時間、空間をさまよう。

 一瞬で、場所も立場も状況も変わっていて、とても頭がついていけないのに、飽きることなく読みすすめられるのはどうしてだろう。

 冒険をしている感覚だからなのか。

 それとも、危機感、悲しみ、焦りのようなものが支配していて切なくなるからなのか。

 大きな災難を乗り越えたのに、気づいたら汗ひとつかいていなかった。

 そんなスマートさも感じる、非現実。


 カバーデザインは水戸部功氏。(2015)



ポリー氏の人生

2020-04-09 19:00:49 | 読書
H・G・ウェルズ『ポリー氏の人生』





 H・G・ウェルズの小説なのに「本邦初訳!」。

 帯のコピーを見て、いままで訳されなかったのは面白くないから、あるいは日本人には馴染めないからではと疑ぐる。

 冒頭「あーなーぼーこー!」と叫ぶポリー氏に、これはどうかな、ついていけるだろうかと心配になった。


 中年のポリー氏は、アホな穴ぼこに落ちたような人生を後悔している。

 消化不良に苦しみ、妻に当たり散らす、まったく好感が持てない人物だ。

 彼はときどき奇妙な言葉を話す。

 十分な教育を受けられなかったからだが、若い時に好奇心から、あえて間違った発音をしていた。

 「セスクイプルダン」

 「ラプソドゥース」

 翻訳なので、この後ろに小さく注釈が入るが、このカタカナ語がそもそも間違った、意味不明な言葉なのだ。

 あまりに多用するので、少し不愉快になってくる。

 ぼくがポリー氏を好きになれない理由のひとつだ。

 ところが時代を遡り、彼の若い頃が語られると、印象がちょっと違ってくる。

 ナイーブなのだ。

 純真な恋をするのだ。

 
 若い頃を知ると、好感が持てなかった中年男に、少し哀れみを感じるようになった。

 そして、ある事件以降、彼は大きく変わっていく。

 あんなに嫌いだった男が、最後にはちょっと好きになる展開は予想できなかった。

 
 装丁は緒方修一氏。(2020)