田中小実昌『幻の女』
寄せ植えされた花々が美しく、カバーのイラストに目を奪われた。
よく見ると、花は横たわる女性の顔の上だ。
気づいてしまうと不気味なのだが、タイトルを含めたカバー全体の優美さに、つい見惚れてしまう。
「ミステリ」「恐怖」「推理」「ユーモア」「異色」「怪作」
カバーと帯に散りばめられた惹句が、いかに彩り豊かな小説の集まりかを表している。
60年代から70年代に書かれた15編の小説は、カバーの清らかさとは対照的に猥雑だ。
登場人物は、ぼくが聞いたこともない当時のはやり言葉を口にして昭和の匂いを振りまく。隠語や英語のルビが振られた言葉は、どこかから拝借してきたのではなく、著者本人が普段話しているように感じられて、独特な世界をさらに濃くしていく。
交通巡査(アオクリ)、客(ジン)、子供(ゴラン)、仲仕(ステべ)、集計板(タリ)。
たどり着く先の見えない物語は、ただその空間に浸っているだけで楽しい。
解説に、70年代に出版された最初の本と、その新装版の表紙写真が載っている。いま見ると古く感じるが、おそらく当時は洗練された本だったはず。それは、いまぼくが手にしているちくま文庫版のような、お洒落な本だったのかもしれない。
装画は榎本マリコ氏、装丁は円と球。(2021)