ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

幻の女

2021-05-31 19:29:23 | 読書
 田中小実昌『幻の女』





 寄せ植えされた花々が美しく、カバーのイラストに目を奪われた。

 よく見ると、花は横たわる女性の顔の上だ。

 気づいてしまうと不気味なのだが、タイトルを含めたカバー全体の優美さに、つい見惚れてしまう。


 「ミステリ」「恐怖」「推理」「ユーモア」「異色」「怪作」


 カバーと帯に散りばめられた惹句が、いかに彩り豊かな小説の集まりかを表している。

 60年代から70年代に書かれた15編の小説は、カバーの清らかさとは対照的に猥雑だ。

 登場人物は、ぼくが聞いたこともない当時のはやり言葉を口にして昭和の匂いを振りまく。隠語や英語のルビが振られた言葉は、どこかから拝借してきたのではなく、著者本人が普段話しているように感じられて、独特な世界をさらに濃くしていく。

 交通巡査(アオクリ)、客(ジン)、子供(ゴラン)、仲仕(ステべ)、集計板(タリ)。

 たどり着く先の見えない物語は、ただその空間に浸っているだけで楽しい。


 解説に、70年代に出版された最初の本と、その新装版の表紙写真が載っている。いま見ると古く感じるが、おそらく当時は洗練された本だったはず。それは、いまぼくが手にしているちくま文庫版のような、お洒落な本だったのかもしれない。


 装画は榎本マリコ氏、装丁は円と球。(2021)


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レンブラントの帽子

2021-05-23 11:42:26 | 読書
 バーナード・マラマッド『レンブラントの帽子』




 特に理由は見当たらないのに、なぜか苦手な人がいる。

 そんな気持ちが態度に表れないよう気を遣って接するのだが、相手も何かを感じるのだろう。空気に緊張感が生まれてしまう。

 もしかしたら、一番最初に出会った時からお互いに苦手だと感じていたのかもしれない。


 この本に収められた3編は、どれも人との微妙な空気を書いている。

 『レンブラントの帽子』は、大学に勤める同僚との話。

 美術史家は、彫刻家と顔を合わせれば会話をするが、友人ではないと思っていた。それは、人づきあいの悪い相手のせいだと。

 あるとき、美術史家の何気ない言葉に、彫刻家が怒りをみなぎらせてしまう。美術史家には理由がわからないが、あからさまに避けられるようになると相手を憎むようになる。


 一度壊れてしまった関係を修復するのは難しい。

 相手の事情、気持ちは見えないからだ。

 もしも相手のことがもう少しわかっていれば、もっと違った接し方があっただろうに。そんな後悔をすることもなく、実際の生活では関係がうやむやのまま消えてしまうことが多い。

 この小説は少し悲しく、そして優しく終わる。


 表紙の和田誠氏のイラストは優しい。本を手に取りやすくしてくれる。

 バーコードは帯に入っていて、表4はイラストと英語タイトルだけで清々しい。失われてしまった原風景を見ているような気分になる。


 装丁は和田誠氏。(2021)



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戻ってきた娘

2021-05-09 17:56:52 | 読書
 ドナテッラ・ディ・ピエトラントニオ『戻ってきた娘』



 表紙に描かれた2人の少女は、目が消されている。

 口元で1人は微笑んでいるのがわかるが、椅子に腰掛けているもう1人の感情は読めない。

 2人の手の繋ぎ方には、同い年の友人というより年の差を感じる。信頼と愛情も見える。

 年上らしき少女の心はここにはないようで、何を悩んでいるのか気になる。


 「戻ってきた娘」とは、育ての親から産みの親のもとへ「戻された」少女のこと。

 13歳の少女は、産みの親の記憶はなく、自分が物のようによそへ出された過去を知らず、また、なぜ突然返されたのかの理由をも知らされない。

 それまでひとりっ子として何不自由なく大切に育てられてきた少女が、兄弟の多い貧しい家庭に放り込まれる。実の家族はがさつで、両親は少女に無関心だ。

 戸惑う少女にとって、懐いてくれる3つ下の妹だけが救いだった。


 そのときの少女には見えていないことがある。

 育ての親の本当の姿、実の親の愛情。

 それは、育ちが良く世間知らずのためだろう。

 貧困のなかでたくましく育った妹のように、真実を知る頃には少女も強くなっている。


 イタリアを舞台にしているので、方言のニュアンスを伝える日本語訳は難しいのかもしれない。最初のうち違和感があったが、次第に妹の話す言葉は可愛らしく思えてきた。


 装画は小山義人氏、装丁は川名潤氏。(2021)


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ビーフ巡査部長のための事件

2021-05-03 18:17:02 | 読書
 レオ・ブルース『ビーフ巡査部長のための事件』



 歴史のある洋館に足を踏み入れたときの気分に似ている。居心地がよく安心できる空間。

 表紙を見て最初に感じたことだ。

 エメラルドグリーンの背景に黒だけを使ったシンプルなデザイン。

 英語タイトル「Case for Sergeant Beef」の書体は微かに揺れ、隣に置かれた大きなボタンブーツとのコンビが記憶に残る。

 帯を外すと銃のイラストが表れる。ブーツと比べると小さいのだが、全体を眺めているうちにブーツの方が不恰好に大きく見えてくる。

 この2点が重要な道具だと、読み進めるうちにわかってくる。


 殺人事件の調査をする私立探偵ビーフと、その活動を記録するために行動を共にするタウンゼント。

 冒頭で、犯人と思われる人物の手記が載っているので、警察の捜査が少しずつ方向を誤っていくのを目にする。一方ビーフは、何か思うところがあるようで、彼だけが犯人を追い詰めていくかのように思える。

 事件の残酷さのわりには殺伐とした雰囲気がなく、むしろタウンゼントが語るビーフの姿にはユーモアが漂う。

 70年ほど前に書かれた小説。表紙と同じく、古さが快適な空気を生む。ミステリーなのに。

 でも、もしかしたら真犯人はほかにいるのでは? そんな楽しみもある。


 装丁は田中久子氏。(2021)


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