ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

青いパステル画の男

2023-02-28 22:38:12 | 読書
 アントワーヌ・ローラン『青いパステル画の男』



 古道具屋やアンティークショップには、思いもよらない物があって、いろいろと想像しながら眺めるのは楽しい。

 だが、ときに長居がしにくい店がある。

 店内の空気の重さに疲れてしまうのだ。

 それは、物に染み込んだ人の思いのせいだと勝手に解釈している。


 本書の主人公ショーモンは子どもの頃、消しゴムを集めていた。

 彼の伯父は、財産を潰すほどのコレクターで、ある時伯父はコレクターとして知っておくべきことをショーモンに教える。

 「本物のオブジェは、持っていた人の記憶を抱えている」と。

 ショーモンは、「古いものには魂がある」と気づく。

 彼はあっさり新しい消しゴムを手放し、以来骨董品の収集に邁進する。


 弁護士となったショーモンは、自分の部屋だけでなく、リビングにまでコレクションを溢れさせ、妻から厳しい視線を浴びていた。

 そこへ追い討ちをかけるように、彼は高額の絵を購入し、妻との間をさらに冷えさせてしまう。

 絵に描かれた人物が、ショーモンと似ているかって? 

 そんなことは妻にとってどうでもいいことだろう。


 物を愛する人は、人間に対する愛情が薄いのだろうか。

 愛着は風化すると言うショーモンにとって、物も人間も同じなのかもしれない。

 古い人間を簡単に手放し、新しく手に入れた人間に夢中になるショーモンを見ていてそう思う。


 装画は北住ユキ氏、装丁は新潮社装幀室。(2023)



こうしてイギリスから熊がいなくなりました

2023-02-20 17:14:20 | 読書
 ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』




 斉藤さんはクマみたいな人だ。

 このとき、斉藤さんは人間だ。


 クマのような人間がいるのは、クマが人間のようだからだ。

 もしかしたら、人間の中に普通にクマが混じって生活しているかもしれない。

 そんなあり得ない想像を膨らませた物語。


 カバーのイラストは、人間を抱きしめるクマ。

 クマの胸に押しつぶされた人間の表情はわからないが、クマはその人の悲しみを理解し受け止め、励ますようにハグをしているように見える。

 
 本文中に散りばめられたイラストを眺めているだけでも楽しい。

 ただ、ここに登場するクマたちは、決して幸せではなく、ちょっと哀しい気分になる。


 装画はデイヴィッド・ロバーツ、装丁は藤田知子氏。(2023)




パープル・ハイビスカス

2023-02-12 10:43:56 | 読書
 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『パープル・ハイビスカス』



 カバーのイラストとタイトル文字の賑やかで明るい様子は、アフリカを舞台にした楽しい物語を想像させる。

 描かれた女性の口元は花で隠され、彼女が笑っているのかどうかわからないのが気になる。


 ナイジェリアに暮らす15歳の少女カンビリは、父が事業に成功し裕福な生活を送っている。

 キリスト教に改宗した父は、宗教的厳しさを家族にも強いる。

 それは時に、ありえないほどの暴力を伴う。

 カンビリは愛されていると信じ、おとなしく父に従っているが、父の言葉は呪縛となり、彼女の心を固めてしまった。

 そんな彼女を気遣うシングルマザーの叔母は、自分の家に招き、自由な空気を感じさせようと試みる。

 兄のジャジャは、生気を取り戻すかのように活発になっていくのだが、カンビリは同い年のいとこと気軽に言葉を交わすことさえできない。


 ナイジェリアの混乱が、家族と叔母の周りに押し寄せてきている。

 父が経営する革新的な新聞社は、軍事政権から狙われ、別の工場は操業停止に追い込まれる。

 職を失いギリギリの生活を維持するのも大変な叔母は、前向きに新しい生活を模索する。


 イボ語と英語が混じる会話は、西欧化するナイジェリアの複雑な雰囲気を表しているが、ぼくには理解できないもどかしい思いが離れない。

 恋をし、カンビリが少しずつ、周囲の人たちに思ったことを言えるようになっていく姿は、苦しい状況の中にあって将来への希望を感じさせ、暖かい気持ちになる。


 装画は千海博美氏、装丁は鈴木成一デザイン室。(2023)