ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

アウグストゥス

2021-06-27 15:27:19 | 読書
 ジョン・ウイリアムズ『アウグストゥス』




 アウグストゥスってローマの?

 その程度の歴史知識しかないので、この本は楽しめないのではと心配していた。

 カバーは、大理石像のモノクロ写真と慎ましやかな細いタイトル「AUGUSTUS」。

 堅い歴史書にも見えるし、文字量の多い小説にも見える。

 著者がジョン・ウイリアムズでなかったら手に取ることはなかったと思う。

 
 冒頭に著者による覚書があり、「わずかな例外をのぞき、この小説を構成する文章はわたしの創作である」と書かれている。

 その意味を知るのは、この小説が書簡、回顧録、手記といった文献の引用だけで成り立っていると気づいてからだ。

 「マルクス・アグリッパの回顧録ー断簡(紀元前13年)」

 こうして始まると、その文献はいかにも本物に思える。

 しかし小説家が書いた創作なので、文章に澱みがなく、夢中になって読んでしまう。

 そして、文献の並びは時代の流れに沿っていない。

 その巧妙な仕掛けに翻弄されるのも楽しい。

 アウグストゥスとはローマ帝国初代皇帝である。少し歴史に詳しくなる。


 装丁は水崎真奈美氏。(2021)



ブート・バザールの少年探偵

2021-06-20 19:21:49 | 読書
 ディーパ・アーナパーラ『ブート・バザールの少年探偵』




 「インドでは1日に180人の子どもが行方不明になる」

 帯の言葉は、ミステリーの導入として興味を引くためのもの。そう思って、この言葉の意味を深く考えもしなかった。

 この言葉が、読後とても重い響きを持ってくるとは思いもよらなかった。

 
 カバーに描かれたインドの町並みは、ごちゃごちゃしているが、どことなく寂しい。

 紫の空は、昼なのか夕暮れなのかわからない。

 最初に本を手にしたとき、タイトルの「少年探偵」から楽しげな物語を想像したのだが、イラストに陽気さが感じられないのはどうしてだろうと不思議に思っていた。


 スラムに住む少年ジャイの同級生が行方不明になる。

 警察は賄賂を受け取るだけで何もしてくれない。

 ジャイは友人2人と、探偵になったつもりで探し始める。

 精霊の存在を本気で信じる9歳。機転がきく子ではない。

 親に内緒で、乗り方もわからない地下鉄で都会へ行き、同級生を探す。

 冷静に考えれば、そんな簡単に行方不明の子どもが見つかるはずがない。

 ジャイ自身が誘拐されそうになる。


 スラムは、目の前が見えなくなるほどのスモッグにいつも覆われている。

 不法に住んでいるので、いつブルドーザーで家が一掃されてしまうかわからない。

 家計を助けるため、学校に行かず働く子どもがいる。

 先の見えない生活に、無気力になってしまう大人もいる。


 小説の形をしているが、インドの現実が見えてくる。

 ジャイの子どもっぽさが、事態の深刻さを和らげていたことに、だんだん気づいてくる。


 装画は長崎訓子氏、装丁は早川書房デザイン室。(2021)



心は孤独な狩人

2021-06-13 11:42:22 | 読書
 カーソン・マッカラーズ『心は孤独な狩人』




 読み終えたばかりの小説を、また最初から読み始める。

 長い物語だと細かい部分を忘れてしまうことがあるが、『心は孤独な狩人』は印象的な文章が続くためか、わりとよく覚えていた。

 一度めは物語の進行に夢中になり、ゆっくり歩いていたつもりが、いつの間にか小走りになっている。

 二度めは行き先がわかっているので、ときどき止まりながらゆっくり進められる。

 同じ文章を読んでいるのに、気づくこと、感じることが違う。

 登場人物の一人、シンガーの悲しさ、寂しさは、すでに冒頭に詰まっていたのだと知る。

 彼はこの物語の中で、ほかの人たちの心の拠り所となるのだが、彼自身は大切なものを失いつつあり、ずっと不安定な状態だったのだろうかと想像する。


 2段組で400ページ近いものなので、読み終えるまでにかなりの時間を要した。

 しかし時間がかかったのは、長かったことだけが理由ではない。

 この物語に浸っていると不思議と落ち着くのだ。

 だから少しずつ読んで、早く終わりが来ないようにしていたのだと思う。

 とはいっても、決して明るく快適な世界ではない。登場する誰もが何かしらの不安を抱えて生きている。

 一度読んでもなお新鮮さを失わない80年も前の小説は、これからも時折開くことになるのだろう。


 装画はジョン・A・ウッドサイド。(2021)



デイジー・ミラー

2021-06-06 19:52:38 | 読書
 ヘンリー・ジェイムズ『デイジー・ミラー』




 名作新訳コレクションとして、『デイジー・ミラー』が新たな装丁で書店に並んでいた。

 ジョン・シンガー・サージェントの絵を裁ち落としで入れた表紙は、新しさと古さが絶妙に混じっている。

 気怠そうにソファに横たわる女性の姿が描かれていて、帯の「誰が彼女を殺したのか?」を目にすると、この女性は死んでいるのか? と勘違いする。

 
 気になる女性がいる。

 どうやら彼女もぼくのことを好きなようだ。そんな素振りを見せる。

 それなのに別の男性としょっちゅう出歩いている。

 ぼくの勘違いなのか。

 天真爛漫に見えるけれど、ただ鈍いだけの人なのか。

 彼女の真意がわからず、徐々に距離をおくようになる。


 ウィンターボーンがデイジーを好きなのは、彼女が「目を奪うような、みごとなまでに愛らしい娘」だからだ。

 一度好きになってしまうと、本当の姿が見えにくくなってしまう。

 多少の不都合な事実は、自分自身を誤魔化すことでなんでもなかったことにできる。


 小説に合わせて描かれた絵ではないので、表紙の女性はデイジーではない。

 しかし、この絵はデイジーの一面を示唆しているのかもしれない。

 いつも活発な人でも、気怠いときはある。

 人は見かけだけではわからない。

 デイジーの本当の姿を、ぼくはつかめていない。


 装画はジョン・シンガー・サージェント「無関心(休息)」。(2021)