ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

氷の城

2023-04-25 18:15:27 | 読書
 タリアイ・ヴェーソス『氷の城』



 不親切な小説だ。

 謎を見せておきながら種明かしをしない。

 解き明かそうと、何度も同じ箇所を読み返してしまった。

 まるで捜査資料を読み返すことで、気づかずにいた手ががりのヒントを得ようとする刑事のように。

 
 雪と氷に覆われたノルウェーの小さな町が舞台。

 11歳の少女の秘めた友情の話。

 ところが突然、事件の様相を呈してきて、凍った道で転倒して天地が逆になってしまったような気分を味わう。

 その後は、半透明の氷を通して少女たちの様子を窺うみたいに、どこかはっきりしない居心地の悪さが続く。


 「もうわからない」と投げ出してしまいたくなったが、引き止めたのはカバーのイラストと装丁の美しさだ。

 画家とデザイナーは、この物語を読んで、作品に何をこめたのだろう。

 
 装画はアイナル・シグスタード氏、装丁はアルビレオ。(2023)

 アイナル・シグスタード氏はノルウェーの画家で、この日本語版のために装画を描き下ろしてもらったそうだ。



七つのからっぽな家

2023-04-15 16:41:09 | 読書
 サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』



 電車の中で、前に座る女性に違和感を覚えた。

 すぐに気づいた。

 マスクをしていない。

 見慣れないものを目にしたとき、心にしっくりこないものが残る。

 マスクの生活がどれほど長かったのか思い知る。


 7つの短編が収められた小説集。

 そのうちのひとつ『ぼくの両親とぼくの子どもたち』。

 全裸で庭を走り回る両親。

 元妻に、彼らは病気なんだと言い訳をする男。

 ホースで妻の裸体に水をかける夫。楽しげな様子の老人たち。

 この情景に、彼らの息子だとしたら、どんな説明をしたらいいのだろう。

 普通ではないとしか言えないに違いない。

 ところが、彼らを目にした幼い子どもたちの反応は違った。


 公共の場ではマスクをするのが普通なのか。

 それともしなくていいのか。

 個人の判断とは曖昧だ。

 知らない人の口元を目にする新鮮さと、なぜこの場で外すのかという少しの疑問。

 やがて、ほとんどの人がマスクをしないようになり、違和感はなくなる。

 いまは、このあやふやな状況の浮遊感を覚えておこうと思う。

 
 装丁は佐々木暁氏。(2023)