ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

リリアンと燃える双子の終わらない夏

2022-10-28 17:09:48 | 読書
 ケヴィン・ウィルソン『リリアンと燃える双子の終わらない夏』



 貧しい環境から抜け出すために努力をし、優秀な学校に入学したのに、大人の勝手な都合で前途を閉ざされてしまう。

 そんな経験をしたリリアンは、28歳になっても適当な生き方しかできずにいた。

 彼女のもとへ、かつての親友マディソンが仕事の依頼をしてきた時すぐに応じたのは、このままではいけないと思っていたからだ。

 上院議員を夫に持つ元同級生の頼みとは、先妻の子どもたちの面倒をひと夏みてほしいというもの。

 タイトルにある「燃える双子」のことで、彼らは本当に身体が発火する不思議な子どもたちだった。

 
 リリアンが退学させられた原因を作ったマディソン。

 将来の大統領と目されている夫は、双子に愛情のかけらも持っていない。

 親でも教師でもないリリアンは、10歳の問題児たちとどう向き合っていくのか。


 ページを繰るたびに好きになっていく物語だ。

 リリアンのタフなところ、マディソンのしたたかなところ、傷を負った子どもたちの無邪気なところ。

 彼らの幸福な未来を想像してみる。


 装画は中島ミドリ氏、装丁はアルビレオ。(2022)



スクイズ・プレー

2022-10-20 17:02:58 | 読書
 ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』



 ポール・オースター別名義の小説、幻のデビュー長篇!

 帯でこの驚きの事実を知らなければ、この本を手に取っただろうか。

 でも、帯を外して青のカバーをよく見ると、黒いビル群の中央に黄色の人物が配置された、おしゃれなイラストが入っている。

 中折れ帽をかぶり、コートをはためかせて颯爽と歩く姿は、少し古い時代の探偵物語だと想像がついて、ポール・オースターだと知らなくても手が伸びたかもしれない。


 探偵マックス・クラインは、家出少女の捜索を終え、パリで休暇を取ろうとしていた。

 そこへ元メジャーリーガーから、命を狙われている、調査をしてほしいと依頼がくる。

 誰もが知るスタープレイヤーだった依頼人。

 彼が受け取った脅迫状はとりとめなく、糸口となりそうな情報もない。

 ところが調査を始めた探偵は、知らぬうちに藪をつついてしまったようで、屈強な大男に襲われてしまう。

 腕っぷしは強くないのに、タフで軽口を叩く探偵。

 開けなくていい扉をそのままにできない彼の正義感が、哀愁を誘う。


 装画は柳智之氏、装丁は新潮社装幀室。(2022)



メアリ・ヴェントゥーラと第九王国

2022-10-09 16:09:54 | 読書
 シルヴィア・プラス『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』



 繊細で品のあるカバー。

 不思議なタイトル。

 帯を外すと、知的で少し難解な雰囲気になり、この物語を楽しめるのか、あるいは理解できず苦しむのか、楽しみと不安が半分ずつ。


 8つの短篇集。

 表題作『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』は、列車で旅立つ娘と、彼女を見送る両親がホームで話している場面から始まる。

 発車間近の汽車に乗せようと急かす両親。

 一方娘は、まだ旅立つ気持ちになれないと拒絶する。

 しかし、辛いことなどないと説得されて娘は汽車に乗り込む。

 
 これは人生の岐路に立ち、旅立つ不安を書いているのだろうと気づくのだが、舞台に張り巡らされた見えない糸は、巧妙にぼくの気持ちを不安定にさせる。

 何か違っているのか、読み落としているのかと。

 好きなのに受け入れてもらえない。

 そんな感じに似て、何度も読み返してみる。

 再読するたびに、少しずつ見えるものが変わってくる気がする。

 彼女(著者)の物語を理解するには時間がかかりそうだ。


 写真はKarlis Andzs、装丁は大久保伸子氏。(2022)



テナント

2022-10-04 17:24:26 | 読書
 バーナード・マラマッド『テナント』



 カバーの写真は、誰も住まなくなったマンハッタンのアパート。

 出入口の扉は閉ざされ、壁にはポスターがベタベタと貼られている。

 歩道には、かつての住人が捨てていったのか、段ボール箱が散らばっている。

 小説の舞台と同じ1970年。

 小説家レサーが、最後の住人として居座っている取り壊しの決まったアパートも、こんな佇まいなのか。


 レサーは、いま書いている小説が終わるまで、環境を変えたくない。

 大家が連日、出ていくよう説得に来るが彼は応じない。

 管理人はもういないため、郵便ボックスは壊れたまま、エレベーターは動かない。

 古いセントラルヒーティングは微かな暖気しか送ってこない。

 無人になったほかの部屋は、ジャンキーやホームレスに破壊され、ゴミ、汚物が散乱している。

 そんな誰もいなくなった部屋に、黒人作家のウィリーが忍び込み、タイプライターを叩くようになった。

 レサーは、ウィリーの存在を大家から隠し、まだ作品を仕上げたことのない彼にプロとしてアドバイスをする。

 それは、少し変わった友情の話のようなのだが。


 2人にとって、書くことは人生を形作る何よりも大事なこと。

 それを脅かすものは許せない。

 常に刺すような緊張にさらされる物語が、ハッピーエンドを迎えるとは思えないのに、そうなって欲しいと願ってしまう。


 写真はWalter Leporati。(2022)