ジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』
パリにあるシェイクスピア&カンパニー書店は、誰でも無料で泊まることができるらしい。しかも貧乏な物書きを歓迎するらしい。
カナダで新聞記者をしていた著者は、トラブルに巻き込まれパリに逃げてきた。手持ちの金が尽きかけてきたときに、そのシェルターのような存在を知り、店主のジョージに会う。そして、そこでの興味深い生活が始まった。
これは体験談だ。さらには良質なノンフィクションでもある。元新聞記者だけあり、クセのある店の住人たちを、簡潔でわかりやすく記している。
86歳の店主は、頑固で子どもっぽいが、人を見抜く鋭さを持っている。
なぜか店主に気に入られた著者は、厄介な役割を与えられ奮闘する。やがてジョージのプライベートな部分をも知ることになり、力になろうと知恵を絞る。
華やかなパリで、ガイドブックにも載るほど有名な書店。現実には、築300年の老朽化した建物なのに、倹約家のジョージはろくなメンテナンスをしない。
隙間なく本が詰まった空間を無数の人間が汚れた靴で歩き回り、不潔な毛布で眠る。
宿泊ができるとはいっても、シャワーはなく、ベッドも限られているため床で寝る者もいる。
店の住人たちは、著者と似たり寄ったりの金なしで、明日の食費を稼ぐ道もない。そんな彼らがどうやってこの店から抜け出していくのか興味は尽きない。
もしもぼくが文無しでこの店にたどり着いたとしたら泊めてもらうだろうか?
若ければ、不潔さには慣れるだろう。希望の見えない日々であっても何とかなる気がするかもしれない。
若ければ、この店へ飛んで行ったかもしれない。
装丁は名久井直子氏、装画は100% ORANGE。(2020)