ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々

2020-09-27 12:01:02 | 読書
 ジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』





 パリにあるシェイクスピア&カンパニー書店は、誰でも無料で泊まることができるらしい。しかも貧乏な物書きを歓迎するらしい。

 カナダで新聞記者をしていた著者は、トラブルに巻き込まれパリに逃げてきた。手持ちの金が尽きかけてきたときに、そのシェルターのような存在を知り、店主のジョージに会う。そして、そこでの興味深い生活が始まった。


 これは体験談だ。さらには良質なノンフィクションでもある。元新聞記者だけあり、クセのある店の住人たちを、簡潔でわかりやすく記している。

 86歳の店主は、頑固で子どもっぽいが、人を見抜く鋭さを持っている。

 なぜか店主に気に入られた著者は、厄介な役割を与えられ奮闘する。やがてジョージのプライベートな部分をも知ることになり、力になろうと知恵を絞る。


 華やかなパリで、ガイドブックにも載るほど有名な書店。現実には、築300年の老朽化した建物なのに、倹約家のジョージはろくなメンテナンスをしない。

 隙間なく本が詰まった空間を無数の人間が汚れた靴で歩き回り、不潔な毛布で眠る。

 宿泊ができるとはいっても、シャワーはなく、ベッドも限られているため床で寝る者もいる。


 店の住人たちは、著者と似たり寄ったりの金なしで、明日の食費を稼ぐ道もない。そんな彼らがどうやってこの店から抜け出していくのか興味は尽きない。

 もしもぼくが文無しでこの店にたどり着いたとしたら泊めてもらうだろうか?

 若ければ、不潔さには慣れるだろう。希望の見えない日々であっても何とかなる気がするかもしれない。

 若ければ、この店へ飛んで行ったかもしれない。


 装丁は名久井直子氏、装画は100% ORANGE。(2020)

大いなる不満

2020-09-20 11:39:18 | 読書
セス・フリード『大いなる不満』




 物語の一行目は大事だ。

 ここにある11の短編は、最初の一文で心をつかまれるものが多い。


 「鬱蒼とした森で、私は原住民の女を殺す。」

 「まず言っておくが、私は男だ。」

 「僕が生まれた次の日、父さんは撃たれて死んだ。」

 
 なかでも『フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺』は特に衝撃的だった。


 「去年、ピクニックの主催者たちは私たちを爆撃した。」


 明るく楽しいはずの「ピクニック」と、陰惨なイメージの「爆撃」とが同じひとつの文の中にあり混乱する。さらに、


 「年を追うごとにひどくなっていく。つまり、年々犠牲者の数が増えている。」と続く。


 ピクニックとは、市民が大勢集まるイベントで、毎年行われている。そして毎年形を変え虐殺が行われる。

 市民集会が開かれ、主催者を非難し、参加を自粛する動きがあっても中止にはならず、結局また多くの人が参加する。

 では人々は、このピクニックが楽しくて仕方がないのかというと、どうもそうではないようだ。楽しい振りを演じているにすぎない。

 不気味で奇妙だ。

 それなのに、無理に笑顔を作る人たちの気持ちが、どことなくわかる気がしてくる。子どものためとか、現実的ではないからとか、いろいろな理由をつけて、ぼくも参加を続けてしまうかもしれないと。

 この物語を、ぼくはたぶん一生忘れられない。


 装画は大竹守氏。(2020)



暗い世界

2020-09-13 11:08:35 | 読書
『暗い世界』





 ほぼ新書サイズの本は、手にしっくりと馴染む。その居心地の良さが、楽しい読書を保証してくれる気になる。

 ウェールズの作家による、ウェールズを舞台にした5つの短編集。

 『暗い世界』というタイトルは、同名の作品が入っているからだが、カバーのイラストも暗い。

 その暗さは、遠くに描かれた曇り空のためだ。けれども、地平線にわずかな陽が差していて、これから晴れてくるように見える。

 手前には、小高い丘の上で、その明るくなりつつある空を見つめる青年の後ろ姿が描かれている。ハンチングにニッカボッカのクラシカルな服装。

 帯を外し、カバーを広げると、立ち並ぶ家々、工場の建物が、さらに異国の雰囲気を濃くしていく。奥深い未知の世界が広がっているのだろうと期待が高まる。


 一番最後に入っているレイチェル・トレザイスの『ハード・アズ・ネイルズ』だけが、iPodが小物として出てくる最近の物語。

 そこまでの4編は、1910年代から1950年代を舞台にしている。時代の空気なのか、ウェールズだからなのか、どれも重く暗い。

 少々読み疲れてきたところへ、ネイルサロンのコミカルな話が始まってホッとする。

 コミカルとはいっても、ネイルサロンの経営者はパワハラで人種差別をする女性だ。そのうえ、馴染みの客がライバル店に行ったことを知るとつかみかかるような、常軌を逸した行動をとる。

 2人の従業員は彼女に逆らえない。強制的にスペイン旅行につきあわされる。そして、そこからの疾風怒濤の展開に、ぼくは呆気にとられてしまった。

 レイチェル・トレザイスの作品が翻訳されれば、すぐに読みたい。


 装丁は平山みなみ氏+山田和寛氏、装画は安藤巨樹氏。(2020)



パーキングエリア

2020-09-06 16:45:40 | 読書
テイラー・アダムス『パーキングエリア』



 雪が散らつく夜、外灯の下に駐められたバンのリアウィンドウに、人の両手が貼り付いている。

 車の中で惨劇が起こったのか、この物語はホラーなのか。

 書店で見かけた文庫本のカバーに、ショッキングなイラストが描かれていた。

 タイトルを読んだ直後に、その小さな手に気づく。何気なく見ていたものが、以前とは違ってしまう、それは巧妙なデザインの効果だ。

 手は、タイトルの「パーキング」と「エリア」のほんのわずかな隙間に見える。

 版面いっぱいに大きな文字が入るよう「パーキング」は途中で改行されているのに一語として認識できる。

 続く「エリア」は、「パーキング」と同じかすれた黄色で、右上に微妙に傾いでいて、2つの単語は一体化している。

 それなのに、何か訴えかけるような手を見つけてしまうと、「パーキング」と「エリア」は完全に分断されてしまう。異常な状況下で、仲間とはぐれた時の怖さを想像する。

 サスペンスの導入部分として、これほど魅力的なものはない。

 ただ、小説はその期待の大きさに見合うほどではなかったのが残念なところだ。

 サスペンスは騙す。事実を隠し、嘘をつく。

 この物語でも、何度も騙され、それが読書の楽しさを生む。でも、映像にした方が面白いかな、ちらりと思う。


 装丁はアルビレオ、装画はゲン助氏。(2020)