近代日本最大の内戦・戊辰戦争(ぼしんせんそう)ゆかりの地を訪ねる旅。
過去3回に亘り堅苦しいハナシが続いたが、今回はライトな番外編。
喰ったり買ったり目に留まったりしたモノの記録である。
画像多めのため勢い長くなるが、文少なめで読みやすいと思う。
よろしかったらお付き合いくださいませ。
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会津若松駅前の「赤べこ」。
ご存じ福島県の会津地方に伝わる、牛の形をした郷土玩具。
木型に何枚もの紙を貼り重ねて乾燥させ、型を抜いて作られる「張り子」。
頭がゆらゆら揺れるボビングヘッドが特徴。
起源は諸説アリ。
江戸時代初期(1611年)の大地震で倒壊した寺院を再建する際、
どこからともなく現れた赤毛の牛の群れが、木材運搬を助けてくれた。
以来、赤毛の牛を「赤べこ」と呼び、親しまれ、縁起物のおもちゃになったとか。
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新潟・長岡から会津へ向かう道すがら「栃尾(とちお)」地区に差し掛かると、
あちらこちらで「あぶらげ」の幟旗。
ハンドルを握りながら喉が鳴った。
僕は「栃尾の油揚げ」の大ファン。
豆腐ではなく、厚くて固い専用生地を低温と高温の油で2度揚げ。
一般の油揚げよりもビッグサイズ。
アツアツ、肉厚のそれにかぶり付けば、口いっぱいに大豆の旨味と香りが広がる。
薬味に大根おろし、おろし生姜に加え、かんずり(※)が嬉しい。
(※すり潰した唐辛子、米糀、柚子、塩を混ぜ熟成・発酵した越後の調味料)
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道の駅では、持ち帰り用屋台販売に行列。
大人気なのも頷ける。
何しろ旨いのである。
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福島県・只見町「河井継之助記念館」を見学後に立ち寄ったのは、
お隣・金山町の『大塩天然炭酸水 炭酸場』。
地下から湧き出る天然炭酸水の歴史は明治まで遡る。
旧会津藩士が白磁のビンに詰め「太陽水」と命名し販売、評判を呼んだ。
「万歳炭酸水」の商標で東京へ出荷。
「芸者印炭酸ミネラルウォーター」としてドイツにも輸出されたとか。
鬱蒼と茂る森に抱かれたそこで、早速いただいてみた。
喉ごしのいい軟水で、程よい刺激の微炭酸。
当夜のハイボール用にと考え購入しに入った商店が、ちょいとユニークだった。
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コンビニチェーンが普及する以前、
各所(主に田舎)で見かけたスタイル、萬屋(よろずや)。
食品、雑貨、書籍、化粧品などを一手に扱う個人商店だ。
店頭に掛る看板は、滝沢、ヒロセ、横田と三つが同居。
どれか1つに統一しても良さそうな気はするが、
そうなっていないのが面白い。
商売の手を広げるうち名称複合店になったと聞いた。
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明治15年(1882年)創業、元・海産物問屋『渋川問屋』では、
会津の郷土料理を提供している。
いつも旅の食事はB級グルメ専門の僕にしては、珍しい選択。
(--- と言っても一番お安いコースなのが玉にキズだが)どれも大変美味しかった。
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先付けの「松前漬け」に始まり、
天日干しの棒タラを一晩かけ水で戻し、とろ火で煮込んだ「棒鱈煮」。
脂ののった身欠きニシンを山椒の葉と一緒に漬けた「鰊山椒漬」。
干し貝柱で出汁を取り、里芋やきくらげ、豆麩などを入れた具沢山のお吸い物「こづゆ」。
「ニシン昆布巻」や「ニシン天ぷら」などが御膳に並ぶ。
遥々北海道から船に乗り、新潟から阿賀野川を上り山国へ運ばれた干物が素材。
そこから滲み出す滋養が凝縮された料理の数々。
久しぶりに味わう快楽を堪能した。
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食後は、玄関左手にある「喫茶開化」で一休み。
名称から連想する大正ロマンを感じる空間で、
コーヒーとアツアツの会津名物「揚げまんじゅう」をいただきながら、
戊辰戦争をテーマにした小説を読み、時を過ごした。
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先ほど取り上げた会津郷土料理の一品、
「こづゆ」が入った浅い器は「手塩皿(てしおざら)」と呼ばれる専用漆器。
口当たりの良さ、手馴染みの良さが気に入り、
旅の記念に一つ会津塗の汁椀を購入しようと思い立つ。
行き当たったのが上掲画像のお店。
予備知識はゼロだが、妙に気になり暖簾を潜った。
『三浦木工所』は140年以上続く漆器の木地工房。
接客をしてくれた人の好さそうなご主人は4代目。
頂戴した名刺には、会津塗 伝統工芸士(木地部門)とある。
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樹齢百年を越える地元会津産の木を仕入れ、
数十年間自然乾燥させた後、手挽きのロクロで挽いて木地が出来る。
そこに漆で塗りを施し、ようやく完成。
「三浦さん」は、これらの工程を全て一人で熟すという。
分業制を敷く漆器造りの世界では大変珍しい。
そんな話を伺いながら物色すること暫し。
落ち着いた朱が美しい逸品を買い求めた。
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そして「不思議な体験」をする。
実は、僕の苗字は結構珍しい。
2023年現在、北陸では2軒しかない。
過去に何度か投稿したとおりルーツは会津。
ここには同じ姓のお宅が数軒あって、うち1人が陶芸家をしている。
雑談の中で「三浦さん」にその事を伝えると---
『(その人)知っている』と言う。
『ここ(木工所)に何度か来たことがある』と言うではないか。
『えっ?!!』
ドキリとした。
ちょっと待てと言い残し店舗奥に引っ込んで、誰かに電話をしている様子。
再び目の前に現れた時、一枚のメモを差し出した。
『これ〇〇さんのケータイ』
意外な展開に心が波立つ。
元々、今回の旅で親戚筋に会うつもりはなく何の下調べもせず予定も組んでなかった。
しかし---。
全く偶然に選んだ店。
話題にしたのも偶々。
もし漆器を買う気にならなかったら。
もし店の前を通りかからなかったら。
もし違う場所で買い物をしていたら。
この11桁の数字は、僕の手の中になかっただろう。
『さあ、行け』
得体の知れない力が、そう命じている気がした。
会津若松から陶芸工房のある北塩原村(きたしおばらむら)まで、
車で行けば僅か1時間あまり。
しかし、僕にとっては四半世紀以上の時を遡るのに等しく、
とても長い道のりに思えた。