飛騨の山猿マーベリック新聞

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◆「塀の中は地獄」フィリピン収容所で何が【報道特集】

2020年12月20日 18時09分24秒 | ●YAMACHANの雑記帳

「塀の中は地獄」フィリピン収容所で何が【報道特集】

 
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フィリピンの収容所に拘束されている日本人の詐欺グループがいます。 その収容所の中で驚くべきことが行われているという告発が 番組に寄せられました。 取材で浮かび上がった実態とは? (報道特集 2020年12月12日放送) ▼TBS NEWS 公式サイト https://news.tbs.co.jp/index.html
 
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●桜前夜祭捜査は・萩生田大臣が芸者と・・・【報道特集】

2020年12月20日 17時47分46秒 | ●YAMACHANの雑記帳

桜前夜祭捜査は・萩生田大臣が芸者と・・・【報道特集】

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安倍総理主催の「桜を見る会」その前夜祭をめぐる問題。 真相の究明は進むのでしょうか。 また「報道特集」では、その安倍氏に近い閣僚が このコロナ禍で、疑問を覚えざるを得ない行動をしていた事実を 独自取材で入手しました。 (報道特集 2020年12月12日放送) ▼TBS NEWS 公式サイト https://news.tbs.co.jp/index.html
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◆コザ騒動50年 爆発した基地の街の怒り

2020年12月20日 12時03分05秒 | ●YAMACHANの雑記帳

コザ騒動50年 爆発した基地の街の怒り

基地の街を包んだ怒りの炎
「コザ騒動」

1970年12月20日未明。沖縄県コザ市(現沖縄市)で、5千人もの群衆が米軍関係者の車両およそ80台を焼き払う事件が起こった。

 「コザ騒動」として語り継がれる一夜限りの出来事。怒りの炎に照らされた基地の街には、やり場のない叫びが響いた。「沖縄はどうしたらいいのか。沖縄人も人間じゃないか」

群衆に襲われ、炎上する車両=1970年12月20日未明、コザ市内

激しい地上戦が繰り広げられ、県民の4人に1人が犠牲になったとされる沖縄は、戦後も米国による統治が続いた。
 嘉手納基地に隣接するコザの街は米兵でにぎわい、1960年代に入るとベトナム戦争景気に沸いた。69年11月、当時のニクソン米大統領と佐藤栄作首相による会談で「72年の沖縄返還」が合意。

 そんな日本復帰を目前にしていた時期に、コザ騒動は起きた。

 騒動の発端は米兵による交通事故だった。 午前1時ごろ、軍道24号(現在の国道330号)で、道路を横断しようとした住民を米兵の運転する車がはねた。

 付近の歓楽街から駆けつけた人たちが事故処理中のMP(米憲兵)を取り囲んで騒然とする中、近くで米兵による別の追突事故が発生。ヒートアップする群衆にMPが威嚇発砲したことが逆効果となり、怒りを増幅させた人たちは次々と米軍関係者の車やMPカーを横転させ、火を放った。


一夜明け、焼け焦げた車の残骸が騒動の激しさを物語る=1970年12月20日朝、軍道24号(現在の国道330号)

 騒動の3カ月前、本島南部の糸満町(現糸満市)で飲酒とスピード違反の米兵が主婦をひき殺す事件があり、12月11日に無罪判決が下されたばかりだった。

 米軍人や軍属による犯罪は60年代半ばには年間1000件を超えていた。しかし、琉球警察は捜査権を持たず、米軍法会議で加害者が無罪になったりアメリカへ帰ったまま未解決になったりというケースも少なくなかった。
 さらに基地弾薬庫で毒ガス兵器が貯蔵されていたことが発覚し、「核抜き本土並み」をうたう沖縄返還への不信感なども重なった。

 米国の圧政と人権軽視に対する不満がマグマのようにたまり、コザ騒動で一気に噴き出したとされる。

 6時間に及んだ騒動ではおよそ80台の車両を焼き払い、逮捕者は21人を数えた。
 負傷者88人を出したが、死亡者や生命にかかわるようなけがをした人はなく、周囲の店舗などへの略奪行為もなかった。
 
 戦後の沖縄で最大の民衆蜂起となった事件は「コザ暴動」「コザ事件」「コザ反米騒動」などと表現されることもある。
 事件を目撃・体験した人の中には今も証言をためらう人がおり、その歴史的評価は定まっていない。


ひっくり返され焼けた車を見つめる人々=1970年12月20日朝、コザ市内

 コザ市は74年に隣の美里村と合併し、沖縄市となった。
 基地に隣接することによる弊害や波乱の歴史を背負う一方で、ロックミュージックやファッション、食など、異国文化を取り込んだ「チャンプルー文化」は街の代名詞となった。

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◆「解雇された」「ネットカフェ暮らし」/東京 コロナ禍 日比谷相談会/全国は電話で

2020年12月20日 11時28分03秒 | ●YAMACHANの雑記帳

赤旗電子版紙面

「解雇された」「ネットカフェ暮らし」/東京 コロナ禍 日比谷相談会/全国は電話で

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写真)「なんでも相談会」に訪れた人たち=19日、東京都千代田区

年末に向けてコロナ禍で困窮する人たちを支援しようと19日、「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守るなんでも相談会」が、東京・日比谷公園の会場と全国一斉電話相談で実施されました。主催は、全労連や全日本民医連、市民団体、福祉団体などでつくる実行委員会。

 寒波で冷え込むなか日比谷公園には52人が相談に訪れ、「年越し派遣村」名誉村長をつとめた宇都宮健児弁護士、民医連の増田剛会長らが応対。「少し希望が持てた」との声が聞かれました。農民連などの協力で用意した食料など120人分を配布しました。

 ネットカフェなどで寝泊まりする34歳の男性は、「コロナでネットカフェも閉鎖。施設に入ったがトラブルで退所し、再びネットカフェ暮らしです。安定した仕事がしたい」。

 銀座などの飲食店で月20万円程度の収入があった男性(73)は、生活保護とコロナで負った借金について相談。「臨時の空揚げ屋を先月解雇された。この年では仕事が見つからない」。

 埼玉県に住む45歳の男性は、2008年のリーマン・ショックで製造業派遣を切られ、コロナで再び短期バイトがなくなり、今年の収入は30万円。「生活保護をすすめられたが、仕事がしたい」と話しました。

 ボランティアに愛知県から来た大学2年生の男性(20)は、「勤労学生の友人が退学。自分も日雇いバイトがなくなり困っている」と話し、「国が憲法25条の生存権を保障すべきです」と語りました。

 全労連の黒澤幸一事務局長は、「困窮した状況を可視化し、国、自治体に支援を求めたい。困っている人は、声をあげていいんだとメッセージを送りたい」と述べました。

 日本共産党の小池晃書記局長、田村智子副委員長、山添拓参院議員、谷川智行衆院比例・東京4区重複予定候補が参加し、相談などに応じました。

 電話相談は午後4時までに350件の相談がありました。(取材団)

小池・谷川氏が参加

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(写真)「なんでも相談会」で対応するスタッフ。(左から)谷川智行氏、小池晃氏=19日、東京都千代田区

 日本共産党の小池晃書記局長は、ともに医師である谷川智行氏(党都委員会新型コロナ対策本部長)とともに訪れた人たちの医療面の相談に対応しました。

 川越市の男性は、レンタカーを指定された場所まで移動させる個人請負の仕事についています。

 コロナ禍のもと「仕事が減り、苦しいときは自治体の炊き出しのお世話になっています。不安感を強く覚えるようになりました。薬をもらえたらと思うのですが、専門の病院に行くのは敷居が高い」と話しました。

 小池氏は、男性の一言一言にうなずきながらメモを取り、「まずは総合診療科の医師に相談を。いつでも力になります」と応え、受診をするための案内をしました。

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