都市に残る木は貴重だ。そんな意見に賛同する人は多いだろう。けれど、その都市部の木を守る仕組みは、充実しているとは言い難い。
例えば、街中で見かける「保護樹木」の標識。
これが掛かっている木は、都市開発から守られているような印象を受けるが、そうとは限らない。
東京都杉並区西荻北では、区の保護樹木に指定されていた高さ25メートルほどのケヤキが8月中旬にも切られようとしている。土地が売られ、マンション用地になったからだ。
伐採に反対する地元住民らは「将来も同じことが起きる」と制度のあり方も問題視している。(デジタル編集部・福岡範行)
◆住民の主張「地域の共有財産だ」
7月下旬、ケヤキのそばに立つと、周りの建物を解体する重機の音に混じって、小鳥のさえずりが聞こえた。「鳥の声は減りました。朝、うるさいくらいだったのに」。木を見上げる住民から寂しげな声が漏れた。
ケヤキは現地にあった三峯神社の「ご神木」。住民たちによると、周囲の原っぱや林が宅地に変わった後も、ケヤキには生き物が集っていた。ひときわ大きな姿は、近くを走るJR中央線の車窓からも見えた。
住民の1人の明治学院大名誉教授熊本一規さん(73)は暑さを和らげる効果も挙げ、「いろんなメリットがある、地域の共有財産だ」と語った。熊本さんら住民有志が7月20日に始めた伐採反対のオンライン署名には9000人を超す賛同が集まっている。
◆杉並区 残してとお願いする文書
ケヤキを巡っては、杉並区は2005年、当時の所有者の申請を受け、保護樹木に指定した。
杉並区によると、土地を相続した人が今年1月、土地売却を念頭に指定解除を申請した。杉並では、区側から解除の再考を促す仕組みはなく、通常はそうした対応はしていない。区は申請に沿って解除した上で、ケヤキを残してほしいというお願いの文書を渡し、売却先にも伝えてほしいと依頼したという。
その後、マンション開発などを手がける清水総合開発(東京)などが3月に土地を購入し、土地にあった建物の解体に合わせてケヤキも伐採すると決めた。
◆業者側の説明は
清水総合開発は、その判断の経緯を尋ねる取材に文書で回答した。
ケヤキを保存したままの活用計画を検討した際、「根の一部を切ることなしに計画を進めることができないことが判明いたしました」と説明。根を切ることで「樹木の自立(安全)を担保できない」と植栽業者から伝えられたことも挙げ、「安全の欠如した計画を進めることは本意ではないことを、これからも説明し、ご理解を得ていく」と言及した。
保護樹木に指定されていたこととの関連を尋ねる質問には「指定は既に解除されておりました」とした。
◆解除のハードルの低さに疑問の声
熊本一規さんらケヤキの伐採に反対する住民有志は7月25日、業者側の事前の説明が不足しているなどとして、杉並区長あての要望書を提出し、区から業者側に指導などをするよう求めた。
また、杉並区内の民有地の保護樹木は2011年度末から10年間で2割(378本)、指定解除されている。
熊本さんは解除のハードルの低さも問題視。取材に「長く生きられる木が切られないように樹木の健康状態を調べたり、地域の文化財的な価値に配慮したりする仕組みにしてほしい」と訴えた。
◆減少 住宅建設や土地売却でも
開発から守る力が弱いのであれば、杉並区はどう木々を「保護」しているのか。
保護樹木の制度では、主に維持管理費の補助で支援している。個人向けには1本当たり年間8000円が出される。指定には「1.5メートルの高さにおける幹の周囲が1.2メートル以上」といった基準があるが、屋敷林が多く残る土地柄もあり、2011年度末には民有地の1749本が保護樹木に指定されていた。
しかし、その後の10年は減少傾向が明らかだ。
杉並区環境白書によると、指定解除の理由で最も多いのは「枯死・衰弱」で4割ほどを占めた。
次いで「住宅の建設等」「土地売却(借地変換含)」と続いた。この2つを合わせると、全体の3割ほどになる。
◆相続税の減免も困難で
木が大きくなるほど、維持管理は大変になる。
落ち葉の掃除に始まり、部分的に枝が枯れれば、安全対策で切る必要がある。その多くは所有者の負担になる。
相続時も、保護樹木があるだけでは相続税の減免対象にはなかなかならないため、土地売却などのきっかけにもなる。
杉並区によると、近年は暴風による倒木などを心配した相談も目立つという。
吉野稔・みどり施策担当課長は取材に「年8000円の補助金では限界がある」と述べ、来年にかけての「杉並区みどりの基本計画」の改定に合わせて制度の見直しを検討する考えを示した。
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