〈スキマバイトの隙間 乱立するアプリの陰で〉第1回
スマホ1台あれば、空いた時間にアプリを通じて履歴書も面接もなしに仕事ができる「スキマバイト」。
記者が働いてみると、多くの疑問と謎に直面した。取材を通じて、働き方を問い直します。
◆「最短1分で給料GET!」
2024年9月下旬、晴れた秋の午前7時前。
東京・新宿駅南側にある雑居ビル12階の1室の前で、ドアを恐る恐る開けた。
10畳ほどのワンルームには、中年の男性と女性がばらばらでイスに座り、何の会話もすることなくスマートフォンを触っていた。
スキマバイトアプリ「シェアフル」で見つけた「スタンバイバイト」の就業場所。私はここへ、バイトをするためにきた。
数日前に見つけたアプリの求人には、こうあった。
「超お得なスタンバイ求人 最短1分で給料GET!」
スキマバイトアプリ「シェアフル」に掲載されている「スタンバイバイト」の案内。このバイトが取材を進めるきっかけになった
意味がわからず、興味本位でスマホの画面を指でタップした。
何かの仕事で当日のスタッフに欠員が生じたとき、代わりに出動するために待機する仕事らしい。
時間は午前7時~9時半で、給与は3000円と書かれていた。
待機中に振られてくる仕事の詳細は、当日呼ばれるまで分からない。
何時までの仕事なのか、給料はいくらなのかもだ。
アプリに示された求人内容によると、就業場所には東京ドーム、日産スタジアム、さいたまスーパーアリーナ。
就業内容にはイベント案内、什器(じゅうき)搬入、施工の手伝いなどが例示されていた。
◆給与はもらえたが…いくつも疑問が残った
雇用主は「ワンダーグループ」(渋谷区)。ホームページには、短期人材サービス会社とある。
雑居ビル内の待機部屋にはさらに2人が現れ、午前7時には私を含む5人が集まった。
スタンバイ中は電話に出られれば何をしてもいいようで、みなゲームをしたり、弁当を食べたりと、思い思いに過ごしていた。
午前8時すぎには、どこかからやってきたワンダー社の関係者が男性2人を呼んだ。
待機先から向かう仕事先が決まったようだ。
「もうすぐ呼ばれるかもしれない仕事があるので、着替えてほしい」と指示され、白シャツと黒ズボンを渡された。
待機部屋の奥には、スーツやワイシャツ、ゴム手袋、安全靴など現場で必要な道具が置かれていた
「何の仕事ですか?」と聞くと、イベント系の仕事と告げられ「未経験でも大丈夫です」と言われた。
だが、私を含む女性3人は、午前9時半までとうとう呼ばれることはなかった。
その後、シェアフルのアプリにワンダー社から就業が承認されたと通知があった。働いた、と認めれたようだ。
ワンダー社による私の「仕事」への評価は3段階で最高とされていて、「是非また働いて欲しい率」という項目も「100%」だった。
給与の3000円はもらえた。ただ、疑問がいくつもあった。
案内された仕事を断ると、どうなるのか。その場合、スタンバイ分の賃金は支払われるのか。
案内されたら私は誰に、どういった形態で雇われるのか。そして、どんな仕事をさせられるのか──。
◆記者が実際に働いてみた理由
履歴書や面接が不要で、スマホがあればアプリを通じて好きな時間に働ける「スキマバイト」。
いまや、タイミー、シェアフル、ショットワークス、LINEスキマニ、メルカリハロといったアプリへの登録者数は延べ2800万人(2024年11月時点)を超えた。
爆発的な広がりを受けて取材を始めた。
ただ、経験者に話を聞くだけでは理解が追い付かなかった。
やってみなければ、分からないことがたくさんありそうなのだ。
実際に働いてみることにした。
初めてバイトをした大学1年生のころを思い出す。
当時は北陸から上京したばかりで、無料の求人誌で見つけたファミリーレストランに手書きの履歴書を持参した。
緊張度はマックスで、面談した男性店長に「採用!」と言われ、ものすごくほっとした記憶がある。
スキマバイトアプリ「タイミー」に登録した。
学生時代に経験したことがあるファミレスのバイトを申し込んだ。
誰にも会わず、緊張することもなく、ほんの数分でマッチングが成立した。簡単すぎて、本当に働けるかが心配になるほどだった。
接客業は久しぶりで、就労当日は新鮮な気持ちで働いた。
時給は東京都内の最低賃金である1113円(2024年9月時点)。
祝日を挟んですぐ、銀行口座に振り込まれた。ちょっとした達成感があった。
他のアプリにも登録し、求人内容を眺めるようになった。
飲食店やスーパーによる直接雇用だけでなく、雇用形態がイメージしにくい求人も少なくなかった。
スタンバイバイトはその一つだ。
求人案内だけでは、待機後にどんな待遇を受けるのかが分からなかった。
「シェアフル」のインスタグラムのアカウントでは、「コスパよく稼ぎたい人必見」として「スタンバイバイト」をアピールしていた(スクリーンショット)
特に気になったのは、「欠員補充の仕事を勤務終了まで続けていただけない場合は欠勤扱いにさせていただく可能性がある」という1文だ。
スタンバイだけでは、その分の賃金が支払われないということか。
応募するとアプリとは別に、ワンダー社独自の勤怠管理システムに登録するよう求められた。
「どうして、こんなことをしなければならないのだろう」
ファミレスでのスキマバイトではなかったプロセスに、不安が膨らんだ。
当日はスマホでこのシステムから起床時間や出発時間を報告した。
さらに、指定された黒ズボンと白シャツを装い、ゴム製軍手とカッターナイフを持参してスタンバイに就いた。
◆機械的な「労働力」
新宿の雑居ビルの待機部屋には、こんな掲示があった。
「ご自身がどのお仕事になるかはそのときにならないと分かりません。基本的に終日(午後10時ごろまで)動けるようお願いします」
「予定があるからこの時間までしか働けない、自分の好きな仕事じゃないから行きたくない等の個人の都合により断る場合、給料の支払い自体ができない可能性があります」
待機部屋のホワイトボードには「電話にいつでも出られるようにして下さい」と書いてあった
どこで、どんな仕事をするのかわからないなんて…。
早朝から夜間まで長時間拘束される可能性があることにも、不安を覚えた。
個人というより、機械的な「労働力」として見られている感覚だ。
◆同僚に聞いた「アタリ」と「ハズレ」
ここにいる人たちは、どんな思いで応募したのだろうか?
スタンバイ中の「同僚」に、話を聞いた。
「スタンバイだけで終われば、おいしい」と、就業経験がある女性は言った。
次の仕事へ呼ばれなければ、待つだけで時給1200円を受け取れることに魅力を感じるという。
タイミーなど他のスキマバイトアプリでも求人を探すが、保育士や美容師など資格が必要な仕事ばかりで、「こちらの方が、できる仕事がある」という。
仕事に呼ばれた場合も、遠くで重労働といった「ハズレ」もあれば、近場で比較的楽な「アタリ」もあるようだ。
スタンバイ3回目という別の女性は「スタンバイ分と合わせれば1日1万6000円ももらえて、割が良かった」と話した。
一方で、「千葉県での勤務もあったけど、交通費は出ないからスタンバイの賃金から賄った」という声もあった。
交通費分の所持金がなく、紹介された仕事がキャンセルになった人もいたそうで、「その人はスタンバイ分の賃金ももらえず怒っていた」という。
案内された仕事を断ってもスタンバイに従事したのなら、その分の賃金は保障されるべきではないか。
会社の都合で拘束されたり、移動したりするのに、労働者が交通費を負担することも納得できなかった。
でも最も違和感があったのは、「それはそういうもの」という風に、そこにいたみなが受け入れていることだった。(中村真暁)
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