長寿世界一の日本で、最も長生きができる自治体はどこか-。厚生労働省によると、2020年時点で男女ともに平均寿命が最も長いのは川崎市麻生区で、男性が84.0歳、女性が89.2歳だった。都心から少し離れたベッドタウンがなぜ全国1位に?その理由を探った。(渡部穣)
◆「継続は力なり!」前回調査でもベスト5入り
5月16日朝、小田急線新百合ケ丘駅からほど近い丘陵地にある公園。木漏れ日の下、高齢者ら約20人が体操をしていた。流れている音楽は区のイメージソング「かがやいて麻生」。スクワットを含め、5種類の体操を約45分。休憩1回を挟むとはいえ、頭から足首まで全身をくまなく動かし、かなりハードだ。
「皆さんと一緒に体が動かせて楽しい」。15年以上参加している成富恵美子さん(91)は笑顔を見せた。朝の体操はボランティア団体「あさお運動普及推進員の会」が区内6カ所で、週1回続けているそうだ。
寿命日本一の話題を切り出すと、高橋英二さん(86)は「継続は力なり。こういう体操を続けてきた成果では」と喜んだ。朝倉千鶴子さん(81)は「緑が多く、環境が素晴らしい」と語り、推進員の中村英隆さん(81)は「生活に余裕がある人が多いのかも」と推測した。
人口150万人超の川崎市で、麻生区民は約18万人。昨年10月時点の統計をみると、65歳以上が24.6%、75歳以上は13.9%と、市内7区の中では高齢化率が一番高い。
「高齢者も住みやすい街として全国1位になった。大変うれしい」と、麻生区地域ケア推進課の藤原亮子課長は話す。区民の平均寿命は15年時点では女性4位、男性2位で、いわゆる「ぽっと出」ではない。じわりと順位を上げてきた。
65歳以上の川崎市民を対象とした22年度のアンケートによると、「15分ぐらい歩いている」と答えた麻生区民は88.2%と、市内7区で最も高い。「がん検診を定期的に受けている」は34.9%と宮前区に次ぎ、健康意識が高い。
多摩丘陵に位置する麻生区は、ほぼ全域で起伏に富む。坂道が多い中で、公園の数は321カ所と、2位の宮前区に100以上の差をつけた断トツの多さ。公園を行き来するだけでも、いい運動になりそうだ。
同じ市内でも工業地帯のある川崎区は、男性の平均寿命が78.8歳(1871位)、女性は87.0歳(1578位)と麻生区との差が際立った。
◆社会経済環境の違いが健康、メンタルに影響
市区町村別の「平均寿命」で、川崎市麻生区は、男女いずれも最下位の大阪市西成区と比べて、女性で4.3歳、男性で10.8歳高い。なぜ差が出るのか。
千葉大予防医学センター社会予防医学研究部門の近藤克則教授によると、労働環境や所得、受けられる医療水準といった社会経済環境の違いが前提にある。加えて「健康や行動は周辺環境の影響を受けていることが分かってきた」という。
近藤教授によると、電車やバスが充実している地域では車に頼らず、歩くことが多くなる。さらに食料品店が充実した環境では「野菜や果物の摂取頻度が増え、歩行量が多く、死亡率も低い」と語る。公園や緑が多い地域に暮らす人は「うつの割合が少ないなど、メンタル面への影響も示唆されている」とする。
麻生区はこうした条件に合致。近藤教授は「社会的な孤立や孤独も健康に悪影響を及ぼす。社会的健康という側面で見たとき、店や公園、グループ活動の多さなどが、人と会って話す機会や交流を促していることも考えられる」と話した。
平均寿命 年齢ごとの死亡率から各年代の人が「あと何年生きられるか」の「平均余命」を算出し、ゼロ歳時点の平均余命を指す。高齢化率や平均年齢など年齢構成に影響されない。厚生労働省が「生命表」で示し、市区町村別は5年に1度公表。5月12日発表の2020年時点の結果は、東京電力福島第一原発事故の避難指示区域がある福島県と豪雨災害のあった熊本県の9町村を除く1887市区町村を対象とした。
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