蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

迷うな女性外科医

2025年01月19日 | 本の感想
迷うな女性外科医(中山祐次郎 幻冬舎文庫)

佐藤玲は、(シリーズ主人公の)雨野の先輩でそろそろベテランの域に入ろうかという外科医。手術の技術を上げるのがトッププライオリティで、海外に赴任した恋人とは別れた。
癌で入院してきた中年男性の主治医を命じられるが、彼は玲が新人時代に憧れた外科医だった・・・という話。

著者の経験を反映させていると思われる主人公の雨野のネタが尽きてきたのか、前巻は離島に赴任する話で、今回はサイドキャラの話だった。外科医としての悩みや屈託を描くというテーマは同じなので、やはり雨野の牛ノ町病院でのエピソードが読みたいかなあ。

本作に登場する外科医は、みな、手術が三度の飯より好きで、夜中に呼び出されても嬉々としてでかける、みたいなワーカホリックばかりなのだが、実際の現役外科医はそういうものなのだろうか。
患者としては、そういう意欲満々の医者に巡り合いたいので、ホントの話と思いたいが、若い医者の多くが研修を終えると美容外科に進むという話を聞くと、眉にツバをつけたくなってくる。
現役外科医の著者としては、そうした風潮を嘆いて、カッコいい外科医像を作ってみたいのかもしれない。
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ねじまき鳥クロニカル

2025年01月15日 | 本の感想
ねじまき鳥クロニカル(村上春樹 新潮文庫)

岡田亨は、失業中。特に求職活動はせず、公営のプールに通うなど気ままに日々をすごしている。おじから格安で借りた借家にくらしていたが、妻のクミコが浮気して家出してしまう。飼い猫をさがすうちに見つけた古井戸に気分で降りてみたが、戻れなくなってしまう・・という話。

著者の代表作の一つといわれる本書。やっぱりタイトルがすごくて、見ただけで読んでみたくなる。
のだが、文庫が初めて出た時に第一部を買ってずーっと読んでなかった。
もうそろそろ読まないと(私の)人生が終わってしまいそう、とうことで、第3部まで読んでみた。

都内の(多分それなりに)高級な住宅地の格安な借家に住みながら共働きでも子供ができたら生活するのが難しくなるような収入しかない主人公は、特段の理由もないのに勤務先の法律事務所を辞めてしまい、特に職探しもしない。そのまま何ヶ月かが経過するうち、妻は愛想を尽かして出ていってしまう・・・というのが本書の主筋である。あとは辻褄が合わない話ばかりなので、それはきっと主人公の妄想なのだろう。

本書を初めて読んで思ったのは、「もしかしてこれってギャグ?」(以下は例)
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普通こんな仕打ちにあったら、奥さんは当然出奔するわな、という状況なのに、主人公は「なぜ妻は浮気して家出したのだろう?」と第三部の終わりに至っても悩んでいる。いいかげん気がつけよ、と誰もがいいたくなるだろう。

主人公の夢?に出てくる登場人物の名前が加納マルタ&クレタの姉妹とか赤坂ナツメグ&シナモン親子とか、冗談としか思えない命名。

主人公が喫茶店などに呼び出されて行くと、勘定を払うのは、決まってゲストのはずの主人公。

主人公はカネに困って、宝くじを買う(すでにこの時点でリテラシーがない)が、買ったとたん当たるはずがない(傍点付き)と確信して破り捨てる。
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こんな話が続いたら、本を放り出したくなるが、最後まで強力な吸引力で読み通させるところが、著者たる所以であろうか。

間宮中尉が登場するシーンは上記のようなおふざけ?はなくて、緊迫感に満ちて読み応えたっぷり。この部分だけの方がよかったよね。(個人の感想です)

「1Q84」にも登場する牛河が、本書でも良かった。スカした日常を送る主人公のアンチテーゼのような存在で、全般的に牛河に近い見かけ、人生遍歴を送る私としては、本書でも共感できるところ大であった。大長編2作に登場させるくらいなのだがら、著者もお気にいりキャラのはず。次は牛河が主人公の長編を書いてくれないだろうか。それがねじまき鳥と1Q84の謎解きになっていたら最高だ。

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コードブレイカー

2025年01月14日 | 本の感想
コードブレイカー(ジェイソン・ファゴン みすず書房)

1916年、高校を出たばかりのエリザベスは、シカゴの図書館でシェイクスピアの研究をしようとしていた。そこに、富豪で(自分の趣味で研究所を運営していた)フェイビアンが現れて彼女をスカウト、研究所のあるリバーバンクに連れ去る。エリザベスはそこでシェイクスピア作品に仕込まれたフランシス・ベーコンの暗号を探すプロジェクトに従事する。彼女は暗号を読み解く類まれな才能を発揮しはじめ、やがて重要な外交・軍事暗号の解読の第一人者になる・・・というノンフィクション。

リバーバンクの研究所で知り合って結婚したウィリアム・フリードマンも暗号解読の達人だったが、本書によるとエリザベスの能力は彼を遙かにしのいでいたらしい。

機械や出始め?のチューリングマシン、あるいは人海戦術を用いることなく、彼女一人が紙とペンだけで暗号のキモ(解読のキー)を発見してきたことに驚く。たまたま解けたのではなくて、莫大な数の暗号を解いたし、重圧がかかり神経を使う仕事にもかかわらず、それを何十年も続けることができたというのもすごい。実際、夫のウィリアムは精神を病んでしまったらしい。

本書は、読み物としてのノンフィクションというよりは、学術的・資料的価値を追求している面が強く、本筋以外の部分が冗長で、全体的に読み進めにくいが、歴史に埋もれていた驚きの事実を発掘したのは素晴らしい業績だと思う。
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ハコウマに乗って

2025年01月07日 | 本の感想
ハコウマに乗って(西川美和 文藝春秋)

「すばらしき世界」などの作品で知られる映画監督のエッセイ。半分くらいは「Number」に掲載されたものであることと、著者の趣味がスポーツ観戦(プロ野球はカープファン)ということもあり、スポーツに関する話題が多い。

著者監督の映画もいいんだけど、同じくらい自作のノベライズやエッセイも素晴らしい。本作でも、大笑いさせてくれるものがある一方、社会的課題に関する真摯な提言もあってバラエティにあふれた素材を楽しく読ませてくれる。

伊藤みどりのジャンプを絶賛した「勝利と健康。」、
10.19近鉄VSロッテを主題にした「テレビよ継れ」、
中学受験時のおける同級生の完全犯罪?を描いた「ゆきのしわざ」、
福岡の球場にカープの交流戦を見に行った時に感じた相手球団のビジネスセンスに感心した「みるはたのし」、
が特によかった。
映画監督だけあって映像がうかんでくるような描写なんだよね。「ゆきのしわざ」は、分量は数ページしかないけど短編映画みたいだった。
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私の最後の羊が死んだ

2025年01月03日 | 本の感想
私の最後の羊が死んだ(河崎秋子 小学館)

著者の実家は北海道の酪農家でたくさんの牛を飼っていた。著者は(食肉供給を目的とした)羊の飼育に興味があり、農業試験場から貰い受けた年増?の雌羊から繁殖を進めていく。一方で小説家をめざして文学賞に応募しようと作品を書きためる。ただでさえ多忙だったのに、父が脳障害で倒れ介護まで担うことになる・・・という自伝風エッセイ。

地方紙主催の文学賞→受賞後の出版が約束されている三浦綾子賞→デビュー後も大藪賞など複数の文学賞を獲得→直木賞、と作家としてきらびやかや王道を歩んでいる著者。
一方で、本書を読むと、相当強気でプライドが高そう。本書ではそちらの方が強調されるが、ありがちな売れっ子のわがままというのとは全く違う、作家修行とは別の(都会育ちの遊び人作家にはない)ハードな人生遍歴に裏打ちされた自信みたいなものが感じられる。

前半が羊飼いの話で、後半になると作家になるまでのプロセスを描いているのだが、タイトル通り、羊飼いの話をもう少し膨らませてもらいたかった。
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