蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

小さなまちの奇跡の図書館

2023年07月17日 | 本の感想

小さなまちの奇跡の図書館(猪谷千香 ちくまプリマー新書)

鹿児島県南東部の指宿市の市立図書館は、2006年直営から指定管理者へ切換を行うことになり、企業による画一的管理を懸念した地元の利用者はNPO法人そらまめの会を結成し、受託に成功する。そらまめの会は、地元に密着したユニークな企画や献身的?なレファレンス活動で各種の賞を受賞してきた。そらまめの会の活動を描いたノンフィクション。

指定管理者を設けることは、経費節減が大きな目的なので、人件費を大きくすることができず、図書館員の低報酬が問題担っている、と聞いたことがあるが、おそらくそらまめの会も似たようなものだと思われる。いろいろな賞を得たことで、自治体の評価が高まり委託費は増えたのだろうか?もし、増えたとすると、他の公立図書館のモチベーションアップに資すると思うのだが・・・といったあたりも取り上げてもらいたかったかな。

実はこの本も図書館で借りて読んだのだが、サイトで予約ができるようになってから図書館は飛躍的に便利になった。新刊もすぐ入るので、本を買う機会が激減した。ただ、人気がある本(例えば東野圭吾の新刊とか)は、予約しても順番が回ってくるまで1年以上かかることもあるので、早く読みたい場合は買ってしまう。一方、あまり書店では売れないような本は、すぐ順番が回ってくるので買わない。日本全国の読書好きの人は皆似たような状況ではないだろうか(読みたい本はためらわずに買えるほど財政的余裕のある人は別だが・・・)。出版業界にとっては、なんとも頭の痛い問題だ。

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水 本の小説

2023年07月14日 | 本の感想

水 本の小説(北村薫 新潮社)

小説や落語などの古典芸能などの蘊蓄を語るエッセイ。副題が「本の小説」となっているので、エッセイではなく創作(実は事実ではない・・・どこでしょうか?みたいな??)部分もあるということなのだろうか?

話題がハイブラウすぎてついて行けない感じのところもあるが、概ね、話題となっている小説や落語の内容を知らなくても楽しめように、丁寧に解説してある。

芥川龍之介が子供の頃に好きなものとして作文に書いたのは「蜘蛛」だったのか「雲」だったのか(同じエピソードを語っても、ある本では「蜘蛛」になっていて別のところでは「雲」という表記になっていたりするらしい)?という話題が面白い。しかもクリアカットな解決もあってよかった(著者の説だが納得性が高かった)。

漫談の大辻司郎さんは、(私は)全く知らないのだが、「胸に一物、手に荷物」とか「ならぬカンニング、するがカンニング」なんてギャグ?は今読んでも面白し、当時は大人気だったそうだ(なので例えば筒井康隆の作品にも引用?されているそうだ)。大辻さんは昭和27年の飛行機事故で亡くなられたそうだが、今となっては簡単にその音源などには触れられない。あと数十年もすると、ツービートとか爆笑問題の漫才を見聞きすることも難しくなるのだろうか?それとも電子データがあるから永久不滅なのだろうか??

昭和30年代のサラリーマンにとって必須の3つの「ゴ」があった。ゴルフと囲碁と小唄(三味線の伴奏で歌う短い戯れ歌)。え、オレギリギリその時代に生きていたけど実際に小唄を歌う場面なんて(時代劇以外では)一回もなかったけどなあ・・・

アイスマン(電気冷蔵庫がなかった時代の氷の配達人)には間男が多かった・・・という俗説?を知らなかった丸谷才一の誤訳の話がいい。著者が考えたアイスマンのダジャレも面白いのだが、何度も登場するのはちょっとクド買ったかな。

日本文芸カルタ(名作のキメフレーズ?でカルタをつくる)は、労作だし、素人でもある程度はわかるようなものも混ざっているのがよかった。

「そして私は質屋に行こうと思い立ちました」

「涙は追いつけない」

「鰯は待て」

などがよかった。

 

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空をこえて七星のかなた

2023年07月14日 | 本の感想

空をこえて七星のかなた(加納朋子 集英社)

小学校卒業間近の七星(ななせ)は父と石垣島を訪れる。そこで疎遠になっていた父方の祖母と会うが・・・という「南の十字に会いに行く」から始まって、天文観測とか星と関係がある短編が続く。それぞれの短編にストーリー上の関連性はあまりなくて、普通の短編集なのかな・・・と思っていると、6番目の短編「星の子」に七星が再登場して、私のようにぼんやり読んでいた者は著者のたくらみに見事にハマっていたことに気がつかされる。バラバラに見えた各短編には重要な共通点があり、本書はある人物の一代記であったことがわかる。

本書の仕掛けの重要なキーになっているのは、個人のある属性で、後から振り返ると、ちょっと不自然に思わなければいけないような書き方(初めて読んだ時は(私は)ほとんど気が付かなかったが)になっていて、それが伏線になっている。

ストーリーとしてはミステリではないのだが(多少、日常の謎的なものはある)、うまい叙述ミステリを読んだ後のような「やられたー」感があった。

ミステリ好きにも、そうでない人、あるいはほとんど本を読まないような人にもお勧めしたくなる良作。

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いちにち、古典

2023年07月09日 | 本の感想

いちにち、古典(田中貴子 岩波新書)

朝、昼、夕、夜、真夜中のそれぞれの時間帯を描いた古典を引用して、その時代の時間感覚や習俗を紹介する。

・あかつきとは、午前3時ころ。平安時代、女性宅を訪れていた貴族が帰るころ。貴族が役所に出仕するのはかなり早朝で、あまり時間の余裕はなかったらしい。

・貴族は起き抜けに粥をすするくらいで、昼頃家に帰って食べるのが朝食だった。当時は朝食(実際には昼食だが)と夕食の2食。

・「朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり」と言う有名な言い回しのオリジナルは和漢朗詠集の「朝に紅顔あつて世路に誇れども 暮には白骨となって郊原に朽ちぬ」。作者は藤原義孝とされるが真作と確認するのは難しい。

・昼間に葬式を行うようになったのは戦国期の頃からで、それまでは夜に行われた。

・月を見詰めると不吉なことが起きる、と言うのは竹取物語以来らしいが、これは女性に限ったことのよう。例えば「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出し月かも」のように男性ではそんなことは言われていない。

・芭蕉の弟子の野沢凡兆の句「下京や雪つむ上の夜の雨」の初五ははじめなくて芭蕉らが協議?して「下京や」と決めた、と言う。この句をめぐる解説がとても面白かった。

・夜景というものが現れたのは、人口集中が進んで、灯火の燃料として比較的安価な菜種油が普及した江戸中期から。蕪村の「夜色楼台図」や葛飾応為の「吉原格子先図」が有名。

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キュレーターの殺人

2023年07月08日 | 本の感想

キュレーターの殺人(MW・クレイブン ハヤカワ文庫)

イギリスのカンブリア州(イングランドの北西端の州)でクリスマスに3つの場所で切断された指が発見され、3人の殺人事件が明らかになる。「#BSC6」という文字列のメッセージが残されていたことから同一犯とみてワシントン・ポー(国家警察の分析官刑事)たちは捜査し始める。一見して共通点がないと思われた被害者たちには、意外なつながりがあった・・・・と言う話。

本作の魅力は主人公のポーと同僚の分析官ティリー・ブラッドショー、そして犯人のキュレーターのキャラクターにある。プログラミングを始めとして多方面で考察・分析能力を発揮するが、人見知りでビーガンのティリーが特によくて、彼女とポーの絡み(恋愛的感情は一切ない)が、本書(というか多分本シリーズ(他2冊は未読だが・・・))の柱になっている。

山奥の古びた一軒家で暮らすポーも変わり者で、警察の同僚からも敬遠されている気配がある。しかし、警官としての使命感、ギフテッドで過敏なティリーへの敬意、ストイックな私生活などが醸し出すハードボイルドな雰囲気に酔わせてくれる。

ミステリとしての本書の魅力は・・・

3人の連続殺人犯の捜査で浮かび上がった犯人と思われた人物は、黒幕のキュレーターの誘導手段に過ぎず、被害者たちの共通点から浮かび上がった次のターゲットと思われる人物もキュレーターの仕掛けた罠の一つだった。そのキュレーターも実はカネで雇われたにすぎず・・・

といった具合に、3段重ねになった重層的なストーリー構造と、各層内でも謎解きが連続的に発生して、決して読者を飽きさせない点にある。

ストーリー自体は現実には決してありそうにないもので、物語のための物語ではあるが、前述のように登場人物のキャラ設定がよくて抵抗なく読み進むことができる。

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