落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第二章 (3)琴の流儀

2012-11-26 10:09:13 | 現代小説
舞うが如く 第二章
(3)琴の流儀





 1月が開けたばかりの上州・深山村は、
寒風が吹きすさぶ、1年のうちでも一番底冷えがする季節です。
南に面した山麓とはいえ、峰を吹き越してきた雪が、
窪地や日陰に降り積もったまま、
春まで残雪として凍てついてしまいます。


 河に沿って山道を登り、深山神社を越えると
生まれ生家の母屋と、その庭先に建つ道場が見えてきました。
その道場には、人だかりが見えます。




 良之助が下の娘の手を引いて、
その道場の人だかりに近寄ります
群衆の一人がそれと気づいて、あわてて駆け寄ってきました。



 「お帰りなさいませ、良之助おぼっちゃん!」



 良之助が生まれたころから
屋敷に住みこんでいる、独り者の茂助と言う下男です。
雑用をはじめ、空いた敷地では賄い用の野菜を育てている他、
道場の掃除や、父母の身の回りまで甲斐がしく世話をする、
たいへんに便利な下男です。



 「もう、おぼっちゃんはやめてくれ。
 家内も子供居ることだし、
 俺もいい歳になった。」



 「いえいえ、茂助から見れば、いくつになっても
 良之助さまは、おぼっちゃまのままです。
 時に・・・揃ってお帰りとは、お珍しいことでございます。
 何か、江戸でございましたか?」



 「あいかわらず、
 お前は如才がないな・・・
 訳は後ほど、ゆっくりと説明いたす。
 所で、道場の人だかりは、
 いつもの琴の、嫁取り試合の見学衆か?」


 
 「左様で。
 本日は、はるばる武州(埼玉県)秩父からお見えの
 お武家です。」



 「ほほう、
 遠いところからはるばると・・・
 武州の剣客とは、どれどれ。」



 下の娘を抱き上げると、肩に乗せて
良之助が人垣の背後から道場内をのぞき込みます。
そんなところから覗き見しなくても、という茂助を押し止めて
良之助が、高見の見物を決め込みました。



 道場内では、白いはかま姿の琴が、
木刀を正眼に構えて立ちはだかっていました。
道場の中央では大上段に構えた武州の剣客が、
2間ほどの距離をとったまま、身動きもせずに対峙しています。




 「なんだ、茂助。
 琴が木刀を構えておるではないか・・・
 これでは、勝負は闘う前から結果が見えておる。
 どれ、母屋に寄って、
 おばあさまのご機嫌でもうかがうとするか」



 下の娘を肩車をしたまま、
後方に控えていた嫁と男の子を手招きしながら、
良之助が、母屋の方向へと歩き始めてしまいます。
あわてた茂助が後を追いかけました



 「おぼっちゃま。
 お相手は、さぞかし名のあるお武家と伺いました。
 まんいち、お琴様がお負けになると、
 お約束通り、お嫁に行くことに相成りますが・・・
 大丈夫なのでしょうか。」




 「琴が、薙刀(なぎなた)であれば、
 本気の勝負であろう。
 あの様子では、木刀で軽くあしらって終わりで有る。
 武州の剣客も、深山のじゃじゃ馬娘が相手では、
 歯が立たぬと見た。
 案ずることはないぞ、茂助」



 母屋の前に着くと、肩より下の娘を下ろし
上の男の子も傍らにと呼び寄せました。



 「さて、
 久し振りの我が生家だ。
 これよりおばあさまにご挨拶を申し上げるが、
 たぶん今頃は、琴を案じて仏壇の前だと思われるぞ。
 お前たち、ちゃんと帰郷のご挨拶を申し上げるのだぞ。
 わかっておろうのう」



 はい、と答えた二人の子供が
元気よく母屋の奥へと消えていきました。




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