落合順平 作品集

現代小説の部屋。

舞うが如く 第二章 (5)江戸へ行く

2012-11-28 10:19:32 | 現代小説
 舞うが如く 第二章
(5)江戸へ行く





 「京へのぼると、伺いましたが?」


 奥座敷にむかう途中で、
琴が良之助の背中へ声をかけました。
兄が入隊する予定の「浪士組」が赴く先は、
将軍警護のための京都です。
その上洛準備をすすめるために、
妻子を連れて、生まれ故郷に戻ってきたのでした。




 「2月になれば、将軍が上洛前に
 京へのぼることになる。
 行く先々のことは分からぬゆえ、
 妻子を頼みに来たのだが・・・
 なんだその顔は、
 なにかありそうだな。」




 空気をよんで、良之助が歩みを止めました。
やがて、手入れが行き届いた中庭に面した
渡り廊下で、立ったままの二人の会話がはじまりました。



 
 兄の良之助は身長が6尺余り(約180センチ)、
体重が20貫あまりという、たいへんな偉丈夫です。
琴も、5尺6~7寸(約170センチ)余りあり、女性としては長身です。
色白で、すらりとした容姿は近在でも評判で、
嫁の申し出が相次いで舞いこみます。




 しかし、琴には信念が有り、
「自分よりも弱い男のところには、絶対にお嫁に行きません」
常にと明言して、これをはばかりませんでした。
事実、いままでに申し込みに来た幾多の男たちは、
すべて一様に敗れ去り、もうこの近郷では、
琴に縁談をもちかける男は、皆無でした。



 「近隣の男どもでは到底、歯が立つまい。
 武州の地より来た武芸者までも、
 手玉にとったとなると、
 いよいよに、琴の縁談は遠退くばかりであろう。
 いい加減に、
 適度なところで手をうってみたらどうじゃ、
 父上も母も、
 ともに琴の孫が見たいであろう。」



 「兄上の言葉なれども、
 わたくしは、私よりも
 弱い男のもとには嫁ぎませぬ。」



 「それは、よく承知しては居るが、
 潮時というものもあろう」



 
 「断じて、譲れませぬ。」



 「はてさて、困ったことだ。
 お前もこの春が来れば、
 もう23歳となるはずだが、
 男よりも、剣のほうを取るというのか?」



 「そうは申しておりませぬ。
 ただ、弱い男の言いなりにはなりとうはありません。」



 「相変わらずに、強情である。
 ところで先ほどの反応だが、
 お前も京に行きたいということであるか?
 わしには、そう聞こえたが。」



 「是非に。」



 「しかし、
 浪士隊に女では入れぬぞ。
 腕はもちろんのこと、将軍の警護という
 大事な役目をあずかることになる。
 女人禁制のうえ、色恋沙汰も御法度だ。
 それに万一のことも考えて、
 妻子たちは、生れ在所に戻しておけという指示もある、
 これもまた、たいした念の入れようだ。
 ともかくに、おなごのままでは
 厳しすぎる門戸であるぞ。」



 「ならばおなごを辞めて、
 男装を、いたしまする。」



 髪を一つにまとめてあげてから、
琴が廊下で、くるりと回って見せました。
横目で眺めていた良之助が、ほほ笑みながら言い放ちます。



 「こいつめ・・・
 最初からそう、腹は決めておいたと見える。
 さては、書き送った法神翁への手紙の内容が
 つつぬけとなっておったのであろう。
 やむをえぬ話である。
 父上には私から申しあげる故、
 お前は、旅たつ支度をするがよい。
 ただし、連れて行くのは妹ではなく、弟だぞ。
 できるか、その辛抱が。」



 「もとより承知。」




 よかろう、と良之助が、
廊下を踏み鳴らしながら、父の待つ部屋へと向かいます。
後に残った琴は、少しためらいながらも、
やがて、薄くかすかに塗られた口紅を、静かに
指でふき取りました。





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