舞うが如く 第二章
(4)欲しければ取るがよい
道場では、正眼に構えたままの琴が動きません。
大上段に構えた、武州の剣客も動けません。
しばしの間、お互いの呼吸を計りながら
時間だけが過ぎ去っていきました。
じりっと前にせり出してきた、武州の剣客の剣先を
軽くあしらうように、琴が半歩を下がります。
さらに踏み込もうとするその瞬間を、見逃すことなく
琴が、反撃の一歩目を踏み出します。
その気勢に押されて、武州の剣客が元の間合いに退きます。
踏み込もうとすれば、またさらりと後ろに下ってしまい、
もう一歩踏み込もうとすれば、その矢先に押し留められて、
再び、押し返されてしまいます。
こうした数度のやり取りの末に、
先に琴が仕掛けます。
琴の木刀が横に流れました。
目線の高さを維持しながら、
逆手に握って、そのまま突きの構えに変わります
さらに腰を落として、体勢を低く構えました。
踏み込んだ琴の前足は、じりっと前に進みます。
顔面を紅潮させた武州の剣客が腹をすえました。
気合一閃、ふりかぶった大上段から、まさに渾身の力を込めて、
木刀を振り下ろしました。
その刹那、琴の切っ先も、相手の喉元めがけて
鋭く飛んでまいります。
踏みとどまり、大きく後方に飛びのいた武州の剣客が、
肩でひとつ、大きく息をつきました。
呼吸を整えつつ、再び木刀を正眼に構えます。
今度は一間半ほどの間合いまで、
琴のほうから詰め寄りました。
間髪をいれずさらに数歩、琴が詰め寄りにかかります。
勢いに押されて、退く武州の剣客の背後には、
早くも、道場の板壁が迫ってきます。
そこで数呼吸を整えたのち、
床を激しく蹴った武州の剣客が、ほぼ真正面から、
琴の面を狙って、木刀を繰り出しました。
軽やかに右に交わした琴からは、
踏み込んだ足元を、なぎ払うように木刀が走ります。
大きく跳躍をして、
かろうじて剣先をかわした武州の剣客が
着地の瞬間に、勢い余ってわずかに体制を崩しました。
その瞬間を見逃さず、琴の木刀が
今度は、下段から上段へと走ります
左小手をかすめた琴の木刀が、
さらに鋭く斬り返されて、武州の剣客の木刀を払い落とします。
再び斬り返された木刀が、武州の剣客の
がらあきとなった胴をめがけて、一直線にと走りました。
「それまで」
良之助の一声に、
わずかな隙間を残して、琴の木刀が静止します。
「兄上、いつのまに。」
「それまでである。
本気で打ち込んでは大怪我となろう。
武州のお武家にも、
また長い道中を無事に帰ってもらうのが一番である。
嫁をめとりに来て、大怪我をしたあげく、
手ぶらで帰ったとあれば
地元に戻ってから、ただ事では済まなくなろう。
もう、充分と思われる。」
「おそれいりました。
噂以上の使い手ぶり、実に御見事。
完敗でござる。」
「いえ、こちらこそ、
大変な失礼をいたしました。
おなご如きと思って、油断なされたのが、
当方には幸いいたしました。
お申し込みはありがたく思いますが、お約束通り、
琴は、私よりも強いお方のところでなければ、お嫁にはまいりませぬ。
本日は、幸いにして私の勝ちと言うことで、
また後日の立会いなどを、楽しみにお待ちしたいと思います。
ご指南をいただき、誠にありがとうございました。
これにて、本日は失礼をいたしまする。」
汗をぬぐうまでもなく、
武州の剣客に向かって、深く一礼をすると、
琴は道場を後にしてしまいます。
良之助も黙って道場を後にしました。
・本館の「新田さらだ館」こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
(4)欲しければ取るがよい
道場では、正眼に構えたままの琴が動きません。
大上段に構えた、武州の剣客も動けません。
しばしの間、お互いの呼吸を計りながら
時間だけが過ぎ去っていきました。
じりっと前にせり出してきた、武州の剣客の剣先を
軽くあしらうように、琴が半歩を下がります。
さらに踏み込もうとするその瞬間を、見逃すことなく
琴が、反撃の一歩目を踏み出します。
その気勢に押されて、武州の剣客が元の間合いに退きます。
踏み込もうとすれば、またさらりと後ろに下ってしまい、
もう一歩踏み込もうとすれば、その矢先に押し留められて、
再び、押し返されてしまいます。
こうした数度のやり取りの末に、
先に琴が仕掛けます。
琴の木刀が横に流れました。
目線の高さを維持しながら、
逆手に握って、そのまま突きの構えに変わります
さらに腰を落として、体勢を低く構えました。
踏み込んだ琴の前足は、じりっと前に進みます。
顔面を紅潮させた武州の剣客が腹をすえました。
気合一閃、ふりかぶった大上段から、まさに渾身の力を込めて、
木刀を振り下ろしました。
その刹那、琴の切っ先も、相手の喉元めがけて
鋭く飛んでまいります。
踏みとどまり、大きく後方に飛びのいた武州の剣客が、
肩でひとつ、大きく息をつきました。
呼吸を整えつつ、再び木刀を正眼に構えます。
今度は一間半ほどの間合いまで、
琴のほうから詰め寄りました。
間髪をいれずさらに数歩、琴が詰め寄りにかかります。
勢いに押されて、退く武州の剣客の背後には、
早くも、道場の板壁が迫ってきます。
そこで数呼吸を整えたのち、
床を激しく蹴った武州の剣客が、ほぼ真正面から、
琴の面を狙って、木刀を繰り出しました。
軽やかに右に交わした琴からは、
踏み込んだ足元を、なぎ払うように木刀が走ります。
大きく跳躍をして、
かろうじて剣先をかわした武州の剣客が
着地の瞬間に、勢い余ってわずかに体制を崩しました。
その瞬間を見逃さず、琴の木刀が
今度は、下段から上段へと走ります
左小手をかすめた琴の木刀が、
さらに鋭く斬り返されて、武州の剣客の木刀を払い落とします。
再び斬り返された木刀が、武州の剣客の
がらあきとなった胴をめがけて、一直線にと走りました。
「それまで」
良之助の一声に、
わずかな隙間を残して、琴の木刀が静止します。
「兄上、いつのまに。」
「それまでである。
本気で打ち込んでは大怪我となろう。
武州のお武家にも、
また長い道中を無事に帰ってもらうのが一番である。
嫁をめとりに来て、大怪我をしたあげく、
手ぶらで帰ったとあれば
地元に戻ってから、ただ事では済まなくなろう。
もう、充分と思われる。」
「おそれいりました。
噂以上の使い手ぶり、実に御見事。
完敗でござる。」
「いえ、こちらこそ、
大変な失礼をいたしました。
おなご如きと思って、油断なされたのが、
当方には幸いいたしました。
お申し込みはありがたく思いますが、お約束通り、
琴は、私よりも強いお方のところでなければ、お嫁にはまいりませぬ。
本日は、幸いにして私の勝ちと言うことで、
また後日の立会いなどを、楽しみにお待ちしたいと思います。
ご指南をいただき、誠にありがとうございました。
これにて、本日は失礼をいたしまする。」
汗をぬぐうまでもなく、
武州の剣客に向かって、深く一礼をすると、
琴は道場を後にしてしまいます。
良之助も黙って道場を後にしました。
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