セレンディピティ ダイアリー

映画とアートの感想、食のあれこれ、旅とおでかけ。お探しの記事は、上の検索窓か、カテゴリーの各INDEXをご利用ください。

本心

2021年09月01日 | 

平野啓一郎さんの最新作は、自由死が合法化された近未来の日本が舞台。シングルマザーに育てられた孤独な青年 朔也は、亡くなった母そっくりの VF (バーチャルフィギュア) を作り、自由死を望んだ母の本心を探ろうとします。

平野啓一郎「本心」

カズオ・イシグロ「クララとお日さま」に続き、こちらも AI が登場する小説です。とはいえ、未来を舞台にはしているものの、描かれているのはSFの世界ではなく、過去から現代、そして未来へと連なる人間の心の物語である、と私は思いました。

***

今よりさらに格差が進んだ近未来。主人公の朔也はリアルアバターという仕事に就いています。ヘッドセットをつけて、依頼人に代わって思い出の地を訪れるなど、人の心に寄り添う仕事ですが、一方で依頼人から便利に使われることもしばしば。

朔也は、母の生前を探っていく中で、母と仲良くしていたという三好という若い女性と会い、その後三好が災害で行き場をなくしてからは、家に呼び寄せて母が使っていた部屋を貸し、いっしょに暮らすようになります。

***

朔也と三好は、こっちの世界に住んでいて、あっちの世界に移り住むことは不可能だと半ばあきらめています。先の見えない閉塞感の中、読んでいて心が押しつぶされそうになることもありましたが、朔也があるきっかけでイフィーと出会って

アシスタントを務めるようになってからは、一気にエンタメ性が高まり、おもしろくなってきました。

***

イフィーは、人々がバーチャルな世界で遊ぶ時に装うアバターのデザイナーで、巨万の富を築いていますが、いたって気さくで、こだわりのない、心の広い人物。(私の中では「ザ・ハッスル」に出てくるトーマスみたいなイメージ)

朔也と三好にとっては、あっちの世界に住むイフィーですが、彼には障害があって車椅子に乗っていて、人の手を借りなければ生活できないことにコンプレックスを抱いているのです。

朔也、三好、イフィーという3人の、微妙なバランスの上に成り立つ関係。私は、朔也が大切な人の幸せを願ってとった行動に、涙が止まらなくなってしまいました。

***

この他、VFである母が介護施設でお話相手として仕事を始めるのも衝撃でした。人は亡くなってもなお、だれかの役に立てるというのは、ちょっとした希望を与えてくれました。(亡くなった後のことなんて知らんこっちゃないといってしまえばそれまでですが)

「クララのお日さま」との共通点もありました。AF、VFは、持ち主の心の穴を埋めてくれる存在ですが、持ち主がAF、VFなしに暮らせるようになることが、あるべき到達点なのだろうと思います。

今年一番のお勧めの小説です。(余談ですが、昨日 平野啓一郎さん原作の「ある男」の映画化が発表されましたね。原作がとてもよかったので、映画も見てみたいです!)


コメント (4)    この記事についてブログを書く
« シュリンプトースト & バ... | トップ | Restaurant Solfege & Comme'N »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
未来の世界 (ごみつ)
2021-09-01 18:42:30
こんばんは。

平野さんの新作、SFの設定を借りながら、色々なテーマが描かれているみたいですね。

最近は本当にAIやVRをテーマにした作品が増えましたね。これらはもう目の前の現実として近づいているんでしょうね。

それと「ある男」、映画化されるんですね!これは面白そう。どんな作風で、誰が演じるんだろう。すごく楽しみです。
返信する
☆ ごみつさま ☆ (セレンディピティ)
2021-09-01 20:51:03
ごみつさん、こんばんは。
平野さんの新作、今の時代から地続きの
ほんの少し先の未来が描かれていて、リアリティがありました。
SFという感じはあまりなくて、社会派、哲学、ロマンス、エンターテイメント...
といろいろな要素があって、楽しみながらも
考えさせられる作品になっていましたよ。
作家のイマジネーションてすごいですね。

「ある男」の映画化、昨日平野さんのメルマガで発表があってびっくりしました。
https://eiga.com/news/20210831/3/
妻夫木さんはちょっと私の中のイメージと違うけど
真木よう子さんは(たぶんあの役だと思うけど)ばっちり!って配役でした。^^
返信する
Unknown (latifa)
2023-11-03 14:24:22
こちらにも、お邪魔します。

セレンディピティとは映画もだけれど、小説も同じ作品を偶然読んでいたり、良かった本が共通していたり、勝手に嬉しくなっています♪

これ、色々と読み応えがある小説でしたよね。

>朔也、三好、イフィーという3人の、微妙なバランスの上に成り立つ関係。
 
そうでした、そうでした。
ちょっと前に読んだ本なのに、もはや結構忘れていて焦ってしまいます。

「ある男」も小説版、映画版両方とも面白くて、それぞれ良かったです。

ちなみに平野さんの「決壊」って本をさっき読み終えたばかりの処でして、ヘビー過ぎました・・・。
返信する
☆ latifaさま ☆ (セレンディピティ)
2023-11-03 16:13:28
latifaさん こちらにもありがとうございます!
私も映画や本など、好みがlatifaさんと近いように思えてとてもうれしいです♪

この作品、エンタメ性もあって、でも考えさせられることもあって、楽しめました。

平野さんはデビュー当時は難解で知られていましたが「マチネの終わりに」あたりから、映画化を意識しているのか?読者を増やそうとしているのか?編集者の意向なのか?読みやすい作品が増えていますね。私としてはとってもうれしいことです。

「決壊」は私が最初に読んだ平野作品です。
これは衝撃作でしたね。おもしろかったですが...。
latifaさんの感想を楽しみにしています♪
返信する

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事